PR

映画『守護天使』感想。ダメな善意は、どこから本物の優しさになるのか

映画・ドラマ

映画『守護天使』は、冴えない中年男の善意と暴走を描いた、かなりクセのある作品です。

正直、タイトルだけ聞くと、もっと感動寄りの作品を想像します。

誰かを陰から守る、優しい人の話。

そういう方向かと思うじゃないですか。

でも実際は、かなりクセがあります。

主人公は冴えない中年サラリーマン。家庭でも職場でも立場が弱く、毎日がうまくいっているとは言いがたい。その男が、偶然見かけた女子高生を「守りたい」と思い、どんどん危なっかしい行動に踏み込んでいく。

ここだけ書くと、かなりアウトです。

小市民の危機管理センサーとしては、序盤から「いや、それはやめておこう」と赤ランプが点滅します(笑)

ただ、この映画の面白いところは、その危うさを完全には消さないところです。

主人公の行動は変だし、時に迷惑です。

でも、その奥にある「誰かの役に立ちたい」「自分にもまだ何かできるはずだ」という焦りが、妙に人間くさい。

笑っていいのか、引いていいのか、少し応援していいのか。

その落ち着かなさが、この作品の味なんだと思います。

ダメな中年男のリアルが、妙に痛い

主人公の須賀は、いわゆるかっこいいヒーローではありません。

仕事でバリバリ成果を出すわけでもない。

家庭で尊敬されているわけでもない。

周囲から頼られるタイプでもない。

むしろ、自分の人生の中で、少しずつ居場所を失っているような人です。

この設定、笑えるようで笑えません。

誰だって、年齢を重ねるほど「自分は必要とされているのか」と不安になる瞬間があります。

若いころのように何でもできるわけではないし、家庭でも職場でも万能ではいられない。すると、ちょっとした親切や正義感に、自分の存在価値を乗せたくなる。

須賀の行動は危うい。

でも、その根っこにある寂しさは分からなくもない。

ここがこの映画の嫌なところであり、うまいところです。

「自分は絶対にああならない」と言い切れない感じがあるんですよね。

小市民としては、そこを笑い飛ばしきれない。

善意は、距離感を間違えると怖くなる

この映画を今見ると、一番引っかかるのは「善意の距離感」です。

誰かを助けたい。

困っている人を放っておけない。

そういう気持ちは、基本的には悪いものではありません。

でも、相手の同意や状況を無視して突っ走ると、善意は一気に怖くなります。

須賀の行動は、まさにその境界線上にあります。

本人は守っているつもり。

でも、相手から見れば不審に見えても仕方ない。

ここがこの作品の難しいところです。

一昔前なら「変だけど一生懸命な男」として見られた部分も、今の感覚だとかなり慎重に見たくなる。だからこそ、「いい話だった」だけで済ませにくい作品でもあります。

優しさには、技術が必要なんですよね。

相手をよく見る技術。

踏み込みすぎない技術。

自分の満足のために助けていないか、立ち止まる技術。

須賀に足りないのは、たぶんそこです。

でも、足りないまま走ってしまうから、物語としては妙に目が離せない。

佐々木蔵之介の存在が、作品を少し大人にしている

この映画で印象に残るのが、佐々木蔵之介の存在感です。

須賀だけだと、どうしても危うさが前に出すぎる。

でも、そこに少し外側から見ている人物がいることで、作品全体に呼吸が生まれます。

ツッコミ役であり、悪友であり、物語の温度を調整する役。

こういうキャラクターがいると、観客も少し安心できます。

須賀の行動に対して「いや、それ変だよね」と思っているのは自分だけではない。

映画の中にも、その違和感を受け止める場所がある。

これはけっこう大事です。

クセのある作品ほど、観客の逃げ道が必要です。

全部を美談にされると苦しい。でも、笑いやツッコミの余白があると、こちらも付き合える。

そのバランスを支えているのが、脇役たちの存在なんだと思います。

“守る”という言葉の重さ

タイトルの『守護天使』という言葉は、かなりきれいです。

でも、映画を見ていると、「守る」ってそんなに簡単な言葉ではないなと思います。

相手を守ると言いながら、自分が救われたいだけではないのか。

相手のためと言いながら、自分の寂しさを埋めたいだけではないのか。

こういう問いが、ずっと残ります。

ただ、それでも人は、完全にきれいな動機だけでは動けません。

誰かを助けたい気持ちの中に、自分が認められたい気持ちが混じることはある。

家族のため、会社のため、友人のため。

そう言いながら、本当は「自分も必要とされたい」と思っている。

それ自体は、たぶん人間らしさでもあります。

問題は、その混ざりものを自覚できるかどうか。

須賀は不器用です。

でも、不器用なりに最後まで逃げない。

そこに、この映画の救いがあります。

まとめ:危ういけれど、妙に人間くさい映画

『守護天使』は、万人にすすめやすい映画ではありません。

主人公の行動には、今の感覚だとかなり危うい部分があります。

そこを「純粋だからOK」と片づけるのは違うと思います。

ただ、その危うさを含めて、人間の弱さを描いている作品でもあります。

冴えない。

頼られない。

でも、誰かの役に立ちたい。

自分にもまだできることがあると思いたい。

その気持ちは、笑えないくらい分かるところがあります。

小市民としては、ヒーローにはなれません。

でも、誰かが困っているときに、せめて邪魔にならない形で手を貸せる人ではありたい。

この映画を見て思ったのは、たぶんそんなことでした。

善意は、使い方を間違えると危ない。

でも、だからといって善意そのものを捨てなくてもいい。

大事なのは、相手との距離を見ながら、ちゃんとブレーキを踏めること。

守護天使になる前に、まずは迷惑にならない小市民でいたいですね(笑)

コメント

タイトルとURLをコピーしました