映画『コンスタンティン』を見返すと、最初に思うのはこれです。
「この主人公、ぜんぜん爽やかじゃないな」
ヒーロー映画の主人公なら、もう少し目が澄んでいてもよさそうなものです。
でもジョン・コンスタンティンは、だいたい顔色が悪い。
態度も悪い。
言葉も刺々しい。
なのに、なぜか目が離せないんですよね。
天使と悪魔が出てくる映画なので、設定だけ見るとかなり大げさです。
でも、この作品の面白さは「世界を救うぞ」という明るい使命感ではなく、もっと小さくて切実なところにあります。
人は、自分の都合で善いことをしても救われるのか。
打算から始まった行動でも、最後に誰かのためになるなら、それは善なのか。
このあたりが、妙に小市民の胸に引っかかるんです。
善人ではない主人公だから、妙に信用できる
コンスタンティンは、分かりやすい善人ではありません。
困っている人を救うのも、純粋な優しさだけではない。
自分の運命を変えたい。
地獄行きだけは避けたい。
そんな打算が、かなりはっきり見えます。
普通なら「いや、ヒーローとしてどうなの」と思うところです。
でも不思議なことに、そこがむしろ人間らしい。
善行をするとき、人間はいつも純度100%の優しさで動けるわけではありません。
誰かに良く思われたい。
後悔したくない。
自分の罪悪感を少しでも軽くしたい。
そういう濁った理由が混ざることはあります。
コンスタンティンは、その濁りを隠さない。
だから、やたら格好つけているのに、どこか信用できるんですよね。
「この人、ちゃんとダメなところがあるな」と思えるからです。

天使が優しいとは限らない、という居心地の悪さ
この映画で面白いのは、天使と悪魔の配置が単純ではないところです。
悪魔はもちろん怖い。
でも、天使側も「無条件に味方です」という顔をしていません。
むしろ、冷たい。
正しいことを言っているようで、どこか人間を見下ろしている。
この居心地の悪さが、作品全体をただの勧善懲悪にしていないんですよね。
日常でも、似たようなことはあります。
正論を言っている人が、必ずしも優しいとは限らない。
間違ったことをした人が、ずっと悪人のままとも限らない。
白と黒の間に、やたら広いグレーゾーンがある。
『コンスタンティン』は、そのグレーゾーンをダークな絵で見せてくれる映画です。
だから天使と悪魔の話なのに、見終わると少し現実の人間関係を思い出してしまう。
そこが好きです。

見どころは派手な設定より、“自分のため”が変わる瞬間
この映画には、悪魔祓い、聖具、異界の描写など、いかにもダークファンタジーらしい見どころがたくさんあります。
もちろん、その雰囲気も楽しいです。
暗い都会。
乾いた会話。
煙たい空気。
画面全体に「健康には悪そうだけど、絵になる」感じが漂っています(笑)
ただ、見返していちばん残るのは、主人公の行動理由が少しずつ変わっていくところでした。
最初は、自分のため。
救われたいから戦う。
でも物語が進むにつれて、その行動がほんの少しだけ他人のために傾いていく。
ここが良いんです。
急に聖人になるわけではありません。
過去が消えるわけでもありません。
性格が丸くなるわけでもない。
それでも、最後の一歩だけは、自分だけのためではなくなる。
人間の変化って、たぶんそのくらいで十分なのかもしれません。
大改心ではなく、ほんの少しだけ向きが変わる。
小市民としては、そのくらいの救い方のほうが信じやすいんですよね。
ダークなのに、妙に生活感がある
もうひとつ好きなのは、世界観が大げさなのに、主人公の疲れ方が妙に生活感に近いところです。
もちろん、こちらは悪魔祓いなんてしません。
職場でメールを返し、家で洗濯物をたたみ、明日の予定を確認するくらいです。
スケールは全然違います。
でも「もう面倒くさい」「でもやらなきゃいけない」という空気は、少し分かる。
コンスタンティンは、使命に燃えているというより、厄介ごとを処理している人に見える瞬間があります。
そこが妙に現代的なんですよね。
選ばれし者というより、担当になってしまった人。
しかも、その担当業務がやたら重い。
こう書くと急に会社員っぽくなりますが(笑)、この疲労感が作品の湿度を作っている気がします。
だからこそ、最後にほんの少しだけ人間味が見えたとき、派手な奇跡よりも効いてくる。
「この人にも、まだ変わる余地があったんだな」と思えるんです。
エンドロール後まで含めて、余韻が少し苦い
『コンスタンティン』は、エンドロール後にも印象的な場面があります。
初見の人には、ぜひ最後まで見てほしいところです。
あの余韻があることで、物語がただ閉じるのではなく、少しだけ横に広がります。
「終わったけど、完全には終わっていない」
そういう後味です。
個人的には、この作品の魅力はそこにあります。
スカッと全部解決するわけではない。
でも、何かは少し変わった。
コンスタンティン自身も、世界も、ほんの少しだけ。
それくらいの変化が、かえって現実味を持って見えるんです。

まとめ:救いは、きれいな人だけのものじゃない
映画『コンスタンティン』は、天使と悪魔のダークファンタジーです。
でも、見返して残るのは設定の派手さよりも、主人公の人間臭さでした。
善人ではない。
態度も悪い。
動機もきれいではない。
それでも最後の行動に、少しだけ本物が混ざる。
そこが、この映画のいちばん小市民に刺さるところだと思います。
毎日をきれいな理由だけで生きられる人は、たぶんそんなに多くありません。
打算もあるし、後悔もあるし、逃げたい気持ちもある。
それでも、どこかで少しだけ誰かのために動けたなら。
その一歩には、ちゃんと意味があるのかもしれません。
『コンスタンティン』は、そんな苦めの救いを見せてくれる映画でした。


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