どうも、キョウです。
ナポリタン。赤くて、甘くて、喫茶店で鉄板にのって出てきがちな、あのやつです。
子どもの頃から当たり前のように食べてきたけど、ふと考えると不思議じゃないですか?
「ナポリ」って名前なのに、日本のどこ行ってもあるのに、なんとなくイタリアっぽい顔してるのに……。
実際、イタリア旅行に行った友人に「ナポリでナポリタン食べてきた?」と聞いたら、ぽかんとされたんですよね。
「いや、そんなのなかったよ」と。
あれ、おかしいな、と思って調べてみたら、なかなか面白い話が出てきた、という回です。
先に結論だけ言っちゃいます。
ナポリタンは、イタリアのナポリには存在しません。
これは断言していいやつだったりします。

ナポリタンは「横浜生まれ」の日本料理
ナポリタン誕生の舞台は、戦後まもない横浜だとされています。
場所は、あのホテルニューグランド。
山下公園のすぐそば、クラシックホテルとして今も現役のあの建物です。
第二次世界大戦後、このホテルはGHQ(連合国軍)に接収されていた時期がありました。
進駐軍の宿舎・将校クラブとして使われ、厨房ではアメリカ兵が持ち込んだスパゲッティやトマトケチャップが大量に出回っていたと言われています。
当時の兵士たちの食べ方というのが、なかなかワイルドだったらしくて。
茹でただけのパスタに、トマトケチャップをドバッとかけて、フォークでガシガシ混ぜて食べる。
合理的ではあるけど、料理として見ると、ちょっと「うーん…」となるやつ(笑)。
それを横目で見ていた料理人がいたわけです。
当時のホテルの2代目総料理長、入江茂忠(いりえしげただ)さんだったとされています。
ちなみに初代総料理長はスイス人のサリー・ワイル氏で、入江さんはそのワイル氏の弟子として腕を磨いた人物だと言われています。西洋料理の本流を直接受け継いだ職人だった、というのがポイントだったりします。
接収時代の厨房という、特殊な現場
ちなみに、戦後すぐの日本の食材事情というのは、現代の感覚からするとかなり厳しい状態でした。
小麦も、肉も、乳製品も、満足に手に入らない時期があったとされています。
そんな中、進駐軍の厨房だけは別世界。
スパゲッティ、ケチャップ、ハム、ベーコン、缶詰のマッシュルーム。
本来なら日本人がなかなか触れられない食材が、目の前にゴロゴロあった。
「これを、ちゃんとした料理にできないか」
そう考えた料理人がいたとしても、まったく不思議じゃないんですよね。
「これは料理じゃない」と思った料理人のプライド
入江さんは、まずケチャップを使うのをやめたと言われています。
代わりに用意したのが、生のトマトやトマトペースト、玉ねぎ、にんにく、ハム、マッシュルーム、オリーブオイルなど。
これらをきちんと炒めて、ソースとして仕立て直した。
茹でたパスタに後がけしてサッと和えるのではなく、ホテルの一皿として恥ずかしくないクオリティで提供する。
そうやって完成したスパゲッティに付けられた名前が「スパゲッティ・ナポリタン」だったそうです。
ナポリ風、というよりは、
「南イタリアっぽい雰囲気を、横浜で再構築した想像上の料理」
と言った方が近いかもしれない。
つまり最初のナポリタンは、
「ケチャップ味」じゃなかったんですよ。
これ、最初に知ったとき、けっこう衝撃でした(マジで?)。
じゃあ、なんで今のナポリタンはケチャップなの?
ここが日本らしいところで。
時代が進み、高度経済成長期に入ると、ナポリタンはホテルの一皿から飛び出して、町の喫茶店へ広がっていきます。
喫茶店で求められる条件って、ホテルとはまったく違うんですよね。
安くて、早くて、誰が作っても同じ味。
ピーク時には何十食もさばかないといけない。
そこでホテル式の本格ソースは、正直、現場が回らない。
そこで活躍したのが、保存がきいて、味が安定していて、誰が使っても失敗しにくいトマトケチャップでした。
冷蔵庫から出してドバッと入れれば、だいたい味が決まる。
これはもう、業務として最高の素材です。
しかも、ただ和えるだけじゃダメで、ポイントは「ケチャップを炒める」こと。
熱いフライパンの上で焼くことで、水分が飛び、酸味が丸くなり、独特のコクが出る。
あの香ばしさは、和えるだけだと絶対に出ないんですよね。
ホテル発祥の上品なナポリタンが、喫茶店という現場で進化(あるいは変異)して、今みんなが思い浮かべる「ケチャップ味の鉄板ナポリタン」になっていった。
そう考えると、けっこう壮大な物語だったりします。
アルデンテ? いや、それ違うから
ナポリタンでよくある誤解がこれ。
「パスタは硬めが正義」問題。
ナポリタンに関しては、アルデンテは正解じゃない。
むしろ、少し柔らかめで、もっちりしている方が正統派と言われています。
理由は、ものすごく実用的で。
喫茶店では、注文ごとにパスタを茹でていたら全然回らないので、麺をあらかじめ大量に茹で置きしていた。
水で締めて、油でコーティングして、注文が入ったら炒める。
このワークフローを採用した結果、麺は必然的に「柔らかくて、もっちり」になる。
効率重視の現場仕様だったはずなのに、その食感が逆に「ナポリタンらしさ」になってしまった。
これ、日本のものづくりでよく見る現象なんですよね。
制約から生まれた仕様が、いつの間にか文化になるやつ。
カップ麺の「ちょっとのびた感じ」が美味しさの一部になっていたり、コンビニおにぎりの海苔別包装が「日本式」と呼ばれていたり。
ナポリタンの麺の柔らかさも、その仲間です。
イタリア人に「ナポリタン」は通じない
ここ、重要なので強調しておきます。
イタリアの本場で「ナポリタンください」と言っても、まず通じません。
近い名前の料理は、一応あります。
スパゲッティ・アッラ・ナポレターナ。
名前は親戚っぽいけど、中身はトマト・バジル・オリーブオイルで仕上げる、すっきり系のシンプルなトマトソースパスタ。
ケチャップもピーマンもハムも入っていません。
つまり、ケチャップ・ピーマン・ハム・玉ねぎが鉄板で焼かれている、あの赤いやつは、完全に日本独自進化形。
寿司カリフォルニアロールのイタリア版みたいな立ち位置だと思ってもらえれば近い気がします。
ナポリタンは「失敗のリカバリー」から生まれた
ここまでの流れを整理すると、ナポリタンって最初から完璧に設計された料理じゃないんですよね。
- 戦後の物資事情
- 進駐軍が持ち込んだ食材
- 「これは料理と呼べない」という料理人のプライド
- 喫茶店の効率重視
- 茹で置き麺という現場の工夫
ぜんぶ「その時その時のなんとかする」が積み重なって、今の形になった。
これ、ビジネスの現場でもよくある話だと思っていて。
理想通りにいかない → 現実に合わせる → 続けているうちに、それが強みになる。
最初から完璧を狙ったプロダクトより、むしろこういう「現場で揉まれて固まった仕様」のほうが、長く愛されたりするんですよね。
ナポリタンは、戦後日本の縮図みたいな料理だと、勝手に思っています。
まとめ:ナポリタンは、胸を張って「日本の料理」
ナポリタンは、イタリア料理じゃない。
でも、それでいい。
横浜のホテルで生まれ、喫茶店で育ち、家庭の食卓に降りてきて、いまや日本中どこでも食べられる。
それって、かなり立派な「日本料理」だと思うんですよね。
ルーツが外国にあるからといって、外国の料理とは限らない。
時間と工夫と現場の知恵が積み重なれば、それは立派にその国の文化になる。
ナポリタンは、その代表選手みたいな存在なのかもしれません。
今度ナポリタンを食べるときは、ぜひ思い出してみてください。
鉄板の上でジュージュー言っている赤いやつの背景には、戦後の横浜と、ある料理人のプライドと、喫茶店の効率化と、茹で置き麺の偶然がぜんぶ詰まっている。
味、ちょっと変わるかもしれない。
…いや、変わらないかもしれないけど(笑)


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