先日、家族で外食していたら、子どもがメニューを見ながら真剣な顔でこう言ったんですよね。
「エビフライって、なんで天ぷらじゃないの?」
……いや、言われてみると(笑)。
同じエビに衣をつけて油で揚げているのに、片や「天ぷら」で和食代表、片や「エビフライ」で洋食屋さんの花形。なんだったら「名古屋の名物」と言われたりもする。しかも、よくよく考えると、エビフライって海外で「これぞ日本!」みたいな顔もしていなければ、「これぞ西洋料理!」という顔でもないんですよね。どこの子なんだ、あなた(マジで誰?)。
ちょっと気になったので調べてみたら、エビフライって思っていた以上に正体不明の「謎の洋食」だったというか、文化のハイブリッド怪獣みたいな存在だったという話。今回は、エビフライというごく身近な一皿を入り口に、「いいとこ取り」って意外とすごいよね、というところまで行ってみようと思います。
名古屋名物、本当に名古屋発祥なのか問題

エビフライと聞くと、なんとなく名古屋を思い浮かべる方、多いんじゃないでしょうか。ビッグサイズのエビフライがドーンと載っていて、タルタルソースがたっぷり、みたいな。観光案内や地元グルメ番組でもおなじみの光景ですよね。
ただ、ちょっと待ってほしいんですよ(←ここ重要)。
調べてみると、「エビフライが名古屋で発祥した」という根拠は、実はかなり怪しいようなんですよね。むしろ「名古屋名物」というイメージそのものが、比較的最近になって強化されたものだという説が有力だったりします。
「ブーム」と「名物」の境目
きっかけとしてよく語られるのが、昭和の終わり頃、あるタレントさんが名古屋のことをネタにしたとき、「名古屋ではエビフライのことを『エビフリャー』って言う」と面白おかしく紹介した……という類の話。真偽はともかく、そこから「名古屋=エビフライ」のイメージが全国的に広まっていった、と言われていたりします。
もちろん、名古屋には昔から海老食文化が根付いており、味噌だれ文化との相性のよさもある。だから「名古屋が育てた名物」であることは間違いないと思うんですよね。
ただ、「発祥」と「名物」はイコールじゃない。ここがポイント。
「ポテトサラダ=北海道発祥?」みたいな話と同じで、イメージと出自は別物だったりするってことです。
じゃあエビフライはどこから来たのか

では、一体エビフライはどこから来たのか。
諸説あるのですが、有力とされるのが「東京の老舗洋食店で生まれた」という説なんですよね。
明治期から大正期にかけて、日本では西洋料理を日本人向けに翻訳する動きが一気に進みました。いわゆる「洋食」の誕生ですね。ビフテキ、ハヤシライス、オムライス、コロッケ……。海の向こうのフルコースから、「これは日本人が好きそう」「これはご飯に合う」「これは家庭でも再現できそう」というものを、次々と和風ローカライズしていった時期。
エビフライも、どうやらその流れの中で生まれた一皿らしいんですよ。
「カツレツ」の親戚としてのエビフライ
諸説のなかでよく名前が挙がるのは、銀座あたりの老舗洋食店。ポークカツレツやビーフカツレツが定着していくなかで、「カツ=豚肉」という固定観念がまだゆるかった時代に、同じ調理法(パン粉をつけて多めの油で揚げる)をエビに応用したのが始まり、という説ですね。
もちろん、店名や年号を断定できるほどの決定的な資料はなくて、「〜だと言われている」「〜の店が元祖を主張している」というレベルの話なんですが、それでも「洋食の都・東京生まれ」である可能性はかなり高そう、というのが現在の見立てなんですよ。
つまり、エビフライは生まれは東京、育ちは全国、ブレイクしたのは名古屋、みたいな(笑)。芸能人でいうと出身地と活動拠点が違うタイプですね。
天ぷらでもカツでもない、第三の揚げ物

ここで気になるのが、「エビを揚げるなら、天ぷらでよくない?」という問題なんですよ。
実際、天ぷらのほうが歴史は圧倒的に古い。室町〜江戸期にはすでに原型があって、江戸前の屋台文化として発展していたわけですよね。明治期の洋食屋さんは、そんな大先輩がいるなかで、あえて新しい揚げ物を生み出した。なぜか。
答えは、衣が違うから、というシンプルな話ってわけです。
天ぷらとフライの技術的な違い
並べてみると、こんな感じ。
- 天ぷら: 水で溶いた粉(薄力粉など)をまとわせて揚げる。衣は薄くサクッ、食材の水分と風味が主役。
- フライ: 小麦粉→卵→パン粉という三段構えで、パン粉の層をガッチリまとわせて揚げる。衣がザクッと力強く、食材の旨みを閉じ込める。
同じ「揚げる」でも、衣の発想が根本的に違うんですよね。天ぷらは「透かして見せる」技術、フライは「包んで守る」技術、と言い換えてもいいかもしれない(ここ、ちょっと家庭科の授業っぽくてすみません/笑)。
そしてエビフライの場合、この「パン粉で包んで守る」という西洋由来の技法が、プリッとしたエビの食感を、最大限に引き立てる方向に働いてくれる。想像してみてください。パン粉が熱い油に触れた瞬間の、あのシュワッという音。みるみる黄金色に色づいていく衣、立ちのぼる湯気。箸で持ち上げたときに指先に伝わる軽さ。噛んだときのザクッ→プリッ、口のなかでほどける甘み、そこに追いかけてくるタルタルのまろやかさ。……はい、もうお腹が空いてきたと思います(笑)。この二段階の快感って、天ぷらではちょっと出しづらいんですよ(←これ大事)。
つまりエビフライは、「天ぷらじゃ出せない食感をエビで出すために、西洋の技法を借りてきた」という、合理的な発明なんですよ。
ちなみに家庭で作るときの小ネタ
ついでなので、ザクッ音をちゃんと出すための家庭版のコツも雑学モードでひとつふたつ。パン粉は細目より少し粗めのほうが、あの「ザクッ」が出やすいです。揚げ油はエビを入れた瞬間に一度沈んで、すっと浮き上がってくるくらいの温度(だいたい180度前後)が目安。あと地味に効くのが、エビの尻尾の水分をしっかり切っておくこと。油はねも防げて、食べたときも尻尾までパリッと香ばしくなります。家で作ると、揚げたてザクザクという特権が味わえるので、これはちょっと反則なんですよね(笑)。
和魂洋才という発想が、ここにもいた

ここで出てくるのが、「和魂洋才(わこんようさい)」という言葉なんですよね。
明治期に西洋文明を受容する際の考え方として広まった言葉のひとつで、意味合いとしては「日本の精神(魂)を芯に置いたまま、西洋の技術(才)を上手に使いこなそう」という発想。鉄道や学校制度を導入しつつ、全部を西洋化するんじゃなくて、「ここは日本のままでいく」「ここは西洋のやり方を借りる」と選り分けていったわけですね。
エビフライって、まさにこの食べ物版の和魂洋才だったりします。
エビという「日本人の魂枠」
考えてみると、エビって日本人が異常に好きな食材なんですよね。お寿司のネタ、天ぷらの花形、お正月のおせち、婚礼料理……「おめでたい」の象徴。腰が曲がるまで長生き、の縁起物。
この「日本人の魂枠」にガッチリはまるエビを、西洋由来のフライという技法で包んでしまったのがエビフライ。
- 素材: 日本人が大好きで縁起も良いエビ(=魂)
- 技法: パン粉で包んで揚げるフライ(=才)
- 相方: ご飯、ソース、タルタル、キャベツの千切り(全部ローカライズ済み)
もう、構成要素の半分以上は日本の都合で選ばれてるんですよ(笑)。
洋食そのものが壮大な和魂洋才
さらに言えば、ハヤシライスもオムライスもナポリタンも、本場のヨーロッパに行くと存在しない料理だったりします。「洋食」って名前はついているけれど、実態は日本人が想像した理想の西洋料理というか、日本人の口に合うように作り変えられた創作料理群。
エビフライはその流れの中で生まれた、洋食ジャンルのスター選手の一人、ということになります。
「いいとこ取り」は意外と難しい

こう書くと、「なんだ、いいとこ取りか」と軽く聞こえるかもしれないんですが、実は「いいとこ取り」って、めちゃくちゃ難しいんですよね。
和でも洋でもない中途半端、になる可能性のほうがずっと高い。現に、明治以降に生まれた「和洋折衷料理」の多くは、消えていったはずです。名前も残っていない。
エビフライが定番として生き残ったのは、たぶん以下が噛み合ったから。
- 素材選びが的確: 日本人が心から好きな食材=エビを選んだ
- 技法に必然性があった: エビの食感を最大化する技術として、フライが理にかなっていた
- 既存の食文化と喧嘩しなかった: ご飯にも合う、パンにも合う、お弁当にも合う
- 見た目が強い: 尻尾が立っていて、サイズで勝負できる(名古屋が育てた部分)
- 再現性がある: 家庭でも、定食屋でも、高級店でも成立する
……こう並べると、何気ない一皿に見えて、成立条件がかなり厳しいことがわかるんですよ。
献立でも、仕事でも同じ話
話はちょっと飛びますが、家庭料理の和洋ミックスって、実はわりと同じ構造をしているんですよね。カレーうどんは、カレー(洋)にうどん(和)を合わせて成立した定番ですが、軸は出汁。明太子パスタも、パスタ(洋)に明太子(和)を乗せただけのようで、軸は和の素材の旨み。どちらも「魂」になるものがブレていないから、家庭の定番として何十年も生き残っている。
逆に、なんとなく「和と洋をとにかく混ぜてみました」だけの料理って、試作の夜には盛り上がっても、翌週にはリピートされない……みたいなこと、ありませんか(笑)。
仕事も同じで、「あっちの良いところとこっちの良いところを組み合わせよう」みたいな提案、会議でよく出ますよね。でも、やってみると大体うまくいかない。両方の悪いところばかり集まっちゃったり、コアがブレたり。
エビフライが教えてくれているのは、「いいとこ取り」が成立するには、軸になる「魂」が必要ってこと。エビフライの場合は、「エビというご馳走を一番おいしく食べたい」という軸がブレていない。技法はそのための手段でしかない。献立でも企画でも、まず「何を魂にするか」を一個決める。そこが決まれば、あとは手段をいいとこ取りしてOK、というわけです。
目的が先で、手段が後。論理的に考えれば当たり前なんですが、やっている最中は忘れがちなんですよね。
まとめ:定番は「混ざった場所」に生まれる

ということで、今日のまとめ。
- エビフライは「名古屋名物」のイメージが強いが、発祥は東京の老舗洋食店説が有力。名古屋は「育てた・広めた」側(諸説あり)
- 素材が日本(エビ)、技法が西洋(フライ)の「和魂洋才」の食べ物版。衣の発想が天ぷらと違うからこそ、エビの食感が最大化された
- 「いいとこ取り」が定番として生き残るには、軸になる「魂」がブレていないことが条件
食卓の定番って、「昔からそこにあった顔」をしているくせに、意外と文化のミックスから生まれた新参者なんですよね。エビフライもそう、カレーライスもそう、ラーメンもそう。混ざった場所でしか生まれない「新しい定番」って、たしかにある。
お子さんがふと「なんで天ぷらじゃないの?」って聞いてきたら、「これはね、東京で生まれた和魂洋才の傑作なんだよ」って、ちょっとドヤ顔で話してあげると喜ばれるかもしれません(←我が家ではウケました)。晩ごはんの話題がひとつ増えるって、地味にうれしいんですよ。
今度エビフライを食べるとき、ザクッのあとのプリッを味わいながら、この一本のなかにどれだけの文化が折りたたまれているか、ちょっと想像してみてほしいんですよね。たぶん、いつもの晩ごはんが、ほんの少しだけ面白くなります(笑)。


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