子どもの頃、卒業式で「さようなら」と先生に頭を下げながら、なんで日本人ってこの言葉で別れるんだろう、ってちょっと不思議に思ったことありませんか?(笑)
英語なら「See you」(また会おうね)、フランス語の「Au revoir」も「また会う日まで」という意味らしい。中国語の「再見」もそのまんま「また会う」。みんな未来志向なんですよね。
でも日本語の「さようなら」だけは違う。直訳すると「そうであるならば」。
……え、待って。それ、別れの言葉じゃなくて接続詞じゃない?(マジで?)
最近ふと気になって調べてみたら、これがもう、知れば知るほど深い話だったんです。今日はそんな「さよなら」という言葉の不思議について、ちょっと一緒に考えてみたいと思います。
「さようなら」の正体は「左様ならば」

まず結論から。「さようなら」の語源は、一般に「左様ならば(さようならば)」だと言われています。
「左様」は「そのよう」「そういうこと」、「ならば」は前後の話をつなぐ言葉。つまり「そうであるならば」「そういうことならば」という、文と文をつなぐためのフレーズだったわけです。
これだけだと「は?」って感じですよね。なので具体例で考えてみると——
「もう日も暮れてきましたね」
「左様ならば、そろそろ失礼いたしましょう」
こういう使い方。状況を受けて、次の行動に移るための橋渡しの言葉なんです。
もともとは別れ専用ではなかった
ここが面白いところで、「左様ならば」はもともと別れの場面に限定された表現ではなかったと言われています。
会話の流れを切り替えるとき、相手の話を受けて次に進めるとき、いろんな場面で使われていた。それが時代を経るうちに、特に別れぎわの「左様ならば、ごきげんよう」「左様ならば、失礼つかまつる」の前半部分だけが独立して残った——というのが、有力な説のひとつなんですよね。
つまり「さようなら」は、もとは文の途中だった。後半の「ごきげんよう」が省略されて、接続詞だけが別れの挨拶として一人歩きするようになった、というわけです。
これ、なんかすごくないですか?
文献に残る「左様ならば」の足跡

「左様ならば」が別れの言葉として定着していったのは、江戸時代あたりだとされています。武家・町人それぞれの別れの場面で「左様ならば、御免」「左様ならば、これにて」のような形が使われ、町人文化を中心に広がっていったらしい。
明治期になると、これが「左様なら」「さようなら」と縮まって、現代に近い形になっていく。さらに口語では「さよなら」とさらに短くなって、子どもの別れ言葉として定着した、という流れですね。
ただし注意したいのは、これらはあくまで有力とされている説のひとつであって、語源研究には諸説あるということ。「然様(しかよう)」が変化したとする説など、細かい部分には議論があるようなんです。
なので「絶対こうだ!」と言い切るのは避けたいんですが、少なくとも「そうであるならば」という意味の接続表現が起源である、という大筋については、多くの国語辞典や語源辞典で共通している、と言われています。
世界の別れ言葉と比べてみる

ここで一度、視野を広げてみましょう。世界の別れ言葉ってどうなってるんだろう?
| 言語 | 別れ言葉 | 元の意味(有力説) |
|---|---|---|
| 英語 | Goodbye | “God be with you”(神があなたと共にあらんことを)の短縮形と言われている |
| 英語 | Farewell | Fare(旅をする)+ well(うまく)→「よい旅を」 |
| フランス語 | Au revoir | 「また会う時まで」 |
| スペイン語 | Adiós | “A Dios”(神のもとへ)に由来するとされる |
| 中国語 | 再見 | 「また会う」 |
| 韓国語 | 안녕히 가세요 | 「安寧に行ってください」 |
| 日本語 | さようなら | 「そうであるならば」 |
※ 直訳ベースの意味で並べています。語源の歴史的来歴は言語ごとに諸説あり、ここでは大筋の有力説のみ参考までに。
並べてみると、ほとんどの言語が「神の加護」「再会への希望」「相手の幸福を祈る」といった、なんらかの意味のある祈りを込めているのが分かります。
ところが日本語だけ、ぽつんと接続詞。
これってちょっと異様じゃないですか?「神様の加護を」でもなく「また会おうね」でもなく、ただ「そういうことならば」とだけ言って去っていく。
アメリカの作家アン・モロー・リンドバーグが著書『翼よ、北に』(North to the Orient, 1935)で「私が聞いた中で最も美しい別れの言葉」と評したことが知られていて、なんにせよ外から見ると独特の響きを持っているのは確かなんですよね。
なぜ日本人は接続詞で別れるのか

ここからが本題。なぜ日本人は、わざわざ接続詞で別れるという、ちょっと不思議な選択をしたのか。
「現実を受け入れる」スタンス
「左様ならば」を分解すると、「左様」=「そのような状況」+「ならば」=「であるならば」。
これって要するに、目の前の現実を一度静かに受け止めているんですよね。
「もう行かなければならない時間になった」
「お互い、別々の道を歩む時が来た」
「この出会いは、ここで一区切り」
そういうもうどうしようもない状況を、いったん「左様」という二文字で受け止める。そして「ならば」で次の動作につなげる。
感情を爆発させて「行かないで!」と叫ぶでもなく、過剰に「また絶対会おうね!」と未来を約束するでもない。ただ、そうなってしまったという事実を、淡々と肯定する。
たとえば子どもが小学校を卒業する日、校門の前で先生に深く頭を下げて「さようなら」と言うあの瞬間。声を上げて泣くでもなく、無理に明るく振る舞うでもなく、ただ静かに頭を下げる——あの空気感、なんとも言えず日本人らしいなって思うんですよね。
これ、なんともいえず大人な振る舞いだったりします。
「諦念」と「潔さ」の美学
日本文化には、よく「諦念(ていねん)」という言葉が出てきますよね。
ネガティブな「諦め」とは少し違って、「物事の道理を見極めて、現実を静かに受け入れる」という、もう少し前向きな響きがある言葉。仏教思想の影響もあると言われています。
「左様ならば」の精神って、まさにこれなんじゃないかなと思うんですよね。
別れは悲しい。会えなくなるのは寂しい。それは事実。でも、そういう状況になったのなら、もう行きましょう。引き止めるでもなく、過度に飾るでもなく、淡々と次の文脈に移る。
これがいわゆる「潔さ」ってやつなんじゃないかなと。武士道的な美学とも言われたりしますが、もっと広く、日本人の根っこにある感性なんですよね。
「終わり」ではなく「句読点」としての別れ

ここでもうひとつ、面白い視点があるんです。
接続詞というのは、文と文をつなぐもの。だからこそ「左様ならば」も、前の文脈を受けて、次の文脈へつなぐ役割を担っている。
つまり「さようなら」と言ったとき、私たちは無意識のうちに「ここで一区切りつけますが、人生はまだ続きます」という句読点を打っているのかもしれない、ってことなんです。
たとえば子どもの卒業式。先生に「さようなら」と頭を下げるあの瞬間、別に「永遠の別れ」を宣言しているわけじゃない。「この6年間はここで一段落、ここから先は別の物語」と、静かに区切りを打っているだけなんですよね。
引っ越しで仲良かった友達と別れるときも、転職で同僚と別れるときも、たぶん同じ。「悲しい。でも、そうなったのなら——」その「——」の部分にすべての感情を畳み込んで、言葉としては淡々と接続詞だけを差し出す。これって、めちゃくちゃ洗練された大人の作法なんですよね。
まとめ——「さようなら」を、もう一度味わってみる
ということで今日は、「さようなら」という言葉の起源について追いかけてみました。
ポイントを振り返ると、
- 「さようなら」の語源は「左様ならば(そうであるならば)」と言われており、もとは接続詞だった
- 「左様ならば、ごきげんよう」のような決まり文句の前半が独立して、別れの挨拶になった
- 世界の別れ言葉が「神の加護」「再会の約束」を込めるのに対し、日本語だけは接続詞という形式を残した
- そこには現実を静かに受け入れる「諦念」と、未練を見せない「潔さ」の美学が宿っている
- 「終わり」ではなく「次の文脈への接続」としての別れ。これが日本人の大人の作法
明日からの生活で、誰かに「さようなら」と言うとき、ちょっとだけこの言葉のルーツを思い出してみてほしいんですよね。
「左様ならば——」
そう心の中で唱えながら頭を下げると、なんだか普段の別れが少しだけ味わい深くなる気がする。引き止めもしないし、無理に明るくもしない。ただ、そうなった現実を受け止めて、次へ進む。
そんな句読点としての別れを、ときどき意識してみるのもいいかもしれません。
ではみなさん、左様ならば——また次の記事でお会いしましょう(笑)。


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