海外旅行のニュースで、たまに「ゼロが多すぎる紙幣」を見かけることがあるんですよね。100万なんとかドルとか、桁を数えるだけで一苦労みたいなやつ(笑)。
あれを見るたびに、ふと思うわけです。「桁が多すぎて、もう自分でも分からなくなってるんじゃないの?」と。レジで「ええと、これは10万だっけ100万だっけ……」と毎回数えてたら、買い物どころじゃない。
で、調べてみたら、世界にはこういう状態を国家ぐるみで強制リセットする仕組みがあったんですよ。その名も「デノミネーション」。通称デノミ。0をまとめて削ぎ落とす、いわば国家規模の大掃除なんですよね。
そして調べているうちに、なんだか他人事じゃなくなってきまして。「あれ、これって自分の生活にも必要なやつじゃない?」と。今日はその話をしてみようと思います。

推理: そもそも、なんで0を消す必要があるの?
最初に疑問に思ったのは、「数字が大きいだけなら、別にいいんじゃないの?」ということでした。100万円持ってても1000円持ってても、買えるものが同じなら問題ないはずですよね。
でも、たぶんここがミソなんだろうな、と推理したわけです。問題は「価値」じゃなくて「扱いやすさ」のほうなんじゃないか、と。
想像してみてください。コンビニでジュース1本買うのに「150万」と打ち込む。給料明細の桁が画面からはみ出す。電卓に数字が入りきらない。会計のたびに0の数を指で数える人々(マジで大変そう)。
価値そのものは変わってなくても、桁が多いだけで社会の動きがいちいち重くなる。これ、なんだか身に覚えがあるな、と。仕事でも、本質は単純なのに手続きや確認事項が増えすぎて、やたら時間がかかること、ありますよね。あの感覚の通貨版なんじゃないかと睨んだわけです。
解明: デノミは「価値」じゃなく「桁」を切る荒療治
調べてみると、推理はだいたい当たっていました。
デノミは値段を下げることじゃない
ここ、勘違いしやすいんですけど、デノミネーションって「物の値段を安くすること」じゃないんですよ。
デノミとは、通貨の呼び方の単位を切り下げること。たとえば「今までの1000円を、今日から新しい1円と呼びます」とまとめて宣言するイメージです。1000円のものは1円になり、給料30万円は300円になる。全部が同じ倍率で縮むので、価値の大小関係は一切変わらない。
桁だけがスッキリ短くなる。買えるものは昨日と同じ。これがデノミの基本的な考え方とされています。複雑になりすぎた数字を、いったん握りつぶしてシンプルに戻す。まさに荒療治なんですよね。

なんでそんな状態になるのか
そもそも、なぜ桁が膨らむのか。多くの場合、背景には激しいインフレがあると言われています。物価がどんどん上がると、お札の数字もそれに合わせて膨らんでいく。気づけば日常の買い物が百万単位、という事態になるわけです。
桁が増えすぎると、計算ミスは増えるし、帳簿は膨らむし、レジも会計も時間がかかる。社会全体の効率がじわじわ落ちていく。そこで「もう一回数えやすくしましょう」と、まとめて0を削るリセットが選択肢に挙がってくる、という流れですね。
代表例としてよく挙げられるのが、2005年に通貨単位を大きく切り下げたトルコのケースです。当時は100万分の1の規模で単位を切り下げ、新しい通貨に移行したと伝えられています。なにせ切り下げ前は最高額が2000万トルコリラ紙幣まで発行されていたとされていて、財布の中が0だらけ。あれを毎回数えて買い物していたのかと思うと、リセットしたくなる気持ちも分かる気がするんですよね。さらに極端なインフレに見舞われたジンバブエにいたっては、1兆分の1という気の遠くなる規模で桁を削る措置がとられたとも言われていて、札束を抱えてパンを買う、みたいな世界だったらしいんです(このあたりは諸説あり、規模や回数の数え方は資料によって差があります)。
ただし、タダではできない
ここがキョウ的に「なるほど」と思ったところなんですが、デノミって0を消すだけのくせに、めちゃくちゃ大変らしいんですよ。
新しいお札を刷り直す。値札を全部つけ替える。レジやシステムの数字を一斉に直す。銀行も、企業の帳簿も、自動販売機も全部対応する。国民みんなが新旧の換算に慣れるまでの混乱もある。「シンプルに戻す」という行為そのものに、ものすごいコストとエネルギーがかかるわけです。
これ、部屋の片付けと同じだな、と思いました。散らかった部屋を整えるのは一瞬じゃない。仕分けて、捨てて、新しい定位置を決めて、慣れるまで戸惑う。シンプルにする作業は、ちっともシンプルじゃないんですよね(笑)。
もう一段深掘りすると: 自分の人生、0が多すぎないか問題
ここまで書いていて、だんだん落ち着かなくなってきたんですよ。
だってこれ、完全に自分の話じゃないですか。
スマホの中のアプリ。読みかけのまま積まれた記事のブックマーク。なんとなく入りっぱなしの月額サービス。クローゼットの奥で出番のない服。「いつか使うかも」で取ってある箱や袋。LINEに並ぶ、もう何年も連絡していない名前たち。
桁が、多すぎるんですよね。
通貨と同じで、ひとつひとつの価値が変わったわけじゃないんです。ただ数が膨らみすぎて、全体が重くなって、本当に大事なものが埋もれて見えなくなっている。給料の桁が膨らんで会計がもたつくのと、気味が悪いくらい似てるわけです。
自分の中で「デノミ」をやってみる
そこで考えたのが、自分の生活でデノミをやる、ということです。
国がやるみたいに、余計な0をまとめて削ぎ落として、本当に大切な「1」を見極める。アプリを並べ直す前に消す。サブスクを見直す。「いつか」の箱を開けてみる。連絡先を整理する。引き出しに溜まった、いつか使うかもの紙袋の束をいったん全部出してみる。情報も持ち物も、桁を一回小さくしてみるわけです。
面白いのは、数字を小さくすると、残ったものの重みがはっきり見えてくることなんですよ。100個の中の1個は見えないけど、5個の中の1個ははっきり大事だと分かる。価値は最初から同じだったのに、桁が減っただけで「これが本命だったのか」と腑に落ちる。
これ、デノミで通貨の価値は変わらないのに数えやすくなる、というあの仕組みと地続きなんですよ。削るのは価値じゃなくて、価値を見えにくくしている0のほう。

ただし、荒療治ゆえの注意点も
とはいえ、デノミがコストのかかる荒療治だったように、人生の断捨離もノリと勢いだけでやると痛い目を見ます。国が「明日から全部リセット」と雑にやったら大混乱になるのと同じで、勢いで捨てて後悔する0だってあるわけで(経験者は語る)。
なので、いきなり全部やらない。今日はアプリだけ、今週はサブスクだけ、と桁を小さく区切って試すのがちょうどいいんだろうな、と思っています。整理術の本を一冊そばに置いておくと、勢い任せの暴走に歯止めがかかって助かったりします。
小市民の学び
デノミは「価値」を変えずに「桁」だけを削る、社会のリセットボタンでした。そして同じことが、桁の増えすぎた自分の生活にもそのまま使えそうなんですよね。
難しく考えなくていいと思っていて、まずは今日、自分の中の0をひとつだけ消してみる。使っていないアプリを1個、いつかの紙袋を1束。それだけで、残った「1」が少し愛おしく見えてくるはずです。
キョウの余談
実はこの記事を書く前に、勢いでスマホのアプリを30個ほど消したんですが、翌日「あれ、あの便利なやつどこ行った?」と探し回りまして。削っちゃいけない0もある、というのを身をもって学びました(笑)。
キョウからの次の1本
価値を測る単位そのものに興味が湧いた方は、お金の「信用」がどこから生まれるのかを掘った回も合わせてどうぞ。数字の裏側がもう一段見えてきます。
次回予告
桁を減らす話の次は、薄さを極めた話です。ポテトチップスはどうやら「料理人の意地悪」から生まれたらしい——その噂の真偽を、次は確かめに行ってきます。


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