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コーヒーは『踊るヤギ』が見つけたって知ってました?──ヤギの奇行を怖がって逃げてたら、今の朝がなかった件

食材と食文化

朝、寝ぼけ眼でコーヒーを一杯。あの香りと苦みで、ようやく体のスイッチが入る感じ、ありますよね(笑)。

で、先日ふと思ったんです。「そもそも、人類で一番最初にコーヒーを飲んだ人って、何を思って飲んだんだろう?」と。

だって、コーヒーの実って、そのまま食べても正直おいしくないらしいんですよ。しかも豆を煎って、挽いて、お湯を通して……という、あの手間。誰かが最初に「この赤い実、いける」と気づかなきゃ始まらない。

調べてみたら、その「最初のきっかけ」が、まさかの踊るヤギだったという話に行き着いたんですよね。え、ヤギ?(マジで?)

推理: まず「怖がらなかった人」がいたはず

コーヒーの起源には有名な伝説があります。エチオピアの「カルディ」というヤギ飼いの少年の話です。

ざっくり言うと──ある日、カルディは自分のヤギたちが、夜になっても妙に興奮して跳ね回っているのに気づく。原因を探ると、ヤギたちがある木の赤い実を食べていた。試しに自分も食べてみたら、なんだか目が冴えて元気になった。これがコーヒーの始まり、というわけです。

ヤギの奇行を前に「逃げる or 観察する」の分かれ道に立つカルディ風のキョウ

ここで、推理好きの血が騒ぐわけです(笑)。

このエピソードで一番すごいのって、実は「ヤギが踊ったこと」じゃないんですよ。カルディが逃げなかったことなんですよね。

考えてみてください。飼っているヤギが、夜になっても目をギラつかせて跳ね回っている。普通なら「うちのヤギ、どうしちゃったんだ……病気か? 呪いか? 近寄らんとこ」ってなりません? 少なくとも小心者のキョウなら、そっと後ずさりします(笑)。

でもカルディは、逃げるどころか原因を観察して、あろうことかその正体不明の実を自分で口に入れた。この一歩がなかったら、僕らの朝は今もぼんやりしたままだったかもしれない。

解明: カルディ伝説の「ほんとのところ」

ここで正直に、でも大事な但し書きを。このカルディ伝説、実はかなり後世に文字として記録されたものなんです。

一般には9世紀ごろのエチオピアが舞台とされることが多いんですが、この物語が文献にはっきり登場するのは、ずっと後の17世紀ごろと言われています。だから「史実そのもの」というより、コーヒーの起源をうまく語るための伝承という色合いが濃い。起源については諸説あって、これが唯一の定説というわけではないんです。

「伝説」と書かれた巻物を虫眼鏡で覗くキョウ、隣でミラが年代の吹き出し

じゃあ事実として言えそうなことは何か。ざっくり整理すると、こんな感じです。

コーヒーの原産地はエチオピアあたり

コーヒーノキ(アラビカ種)の原産地は、エチオピアの高地あたりだと考えられています。ここは今でも野生のコーヒーが自生する地域。「踊るヤギ」の舞台としてエチオピアが選ばれているのは、少なくとも植物の故郷という点では筋が通っているわけです。

「飲む」前に「食べて」いた時期があった説

面白いのが、コーヒーは最初から今のような「焙煎して淹れる飲み物」だったわけじゃないらしいこと。実をそのまますりつぶして脂と混ぜ、携行食のように食べていた、という話も伝わっています(これも諸説)。眠気覚まし・スタミナ源として、まず「食べ物」として重宝された時期があったのではと言われています。

イスラム世界で「夜の眠気覚まし」として広まった

その後、コーヒーはイエメンあたりのイスラム世界へ渡り、夜通しの祈りに励むスーフィーの行者たちの眠気覚ましとして重宝されるようになった、と言われています。つまりコーヒーは、宗教的な「集中したい」という切実なニーズに乗って広まっていった側面がある。カフェインの覚醒作用が、ちゃんと役に立つ場所を見つけたわけです。

ランプの灯りの下、コーヒー片手に眠気と戦う夜の行者を解説するキョウとミラ

こうして眺めると、「ヤギの奇行」という理解できない現象が、観察 → 実食 → 用途の発見、という順番で、じわじわ人類の文化に組み込まれていったのが見えてきます。

もう一段深掘りすると──「異常」は情報の宝庫

ここで僕がいちばんグッときたポイントを話させてください。

カルディの伝説が本当かどうかは、正直この際どうでもいいんです(伝説なので)。大事なのは、この物語が「異常なものを、怖がらずに観察した人」を英雄として語っているという構造なんです。

僕らって、日常で「なんか変だな」と思うものに出会うと、だいたい2択で反応します。

  • A: 排除する(怖い/面倒/理解できない → 遠ざける、なかったことにする)
  • B: 観察する(なんで? → 近寄って、正体を探る)

で、圧倒的にAが多い(笑)。人間の脳は、理解できないものを「危険」と見なして遠ざけるようにできている。生き延びるための、まっとうな防御反応です。

でも、世界を一段進めてきたのは、たいていBを選んだ変わり者なんですよね。腐ったように見えるブドウ果汁からワインを、カビの生えた皿からペニシリンを、そして「おかしくなったヤギ」からコーヒーを。「異常」って、実は”まだ名前のついていない情報”の塊なんです。

「異常」と書かれた箱を開けると中から新しいアイデアの光が溢れる、驚くキョウとミラ

作り手のはしくれとして、これは刺さります。プログラムを書いていても、いちばんの発見はたいてい「あれ、この挙動おかしくない?」から始まるんですよ。想定外のバグを「うわ面倒」と潰すだけで終わるか、「なんでこうなる?」と一段覗きに行くか。後者を選んだときだけ、仕組みそのものへの理解が一段深くなる。カルディがヤギを覗きに行ったのと、たぶん同じ姿勢なんですよね。

小市民の学び

コーヒーを僕らにくれたのは、優れた発明家でも学者でもなく、「変なヤギから逃げなかった、ひとりのヤギ飼い」だったかもしれない──この話、けっこう勇気をくれると思うんです。

世界を変える「赤い実」は、たぶん最初から輝いて見えたりしない。むしろ「なんかおかしいぞ、気持ち悪いぞ」の顔をして、僕らの日常の隅っこで踊っている。だから今日、身のまわりで「変だな」と思うことがあったら、反射で排除する前に、ほんの一歩だけ近寄って観察してみる。そこに、明日のあなたの一杯が隠れているかもしれません。

さて、今日のコーヒーは、いつもよりちょっとありがたく飲めそうです(笑)。

キョウの余談

正直に白状すると、この記事、3杯目のコーヒーを淹れてる途中で「あ、テーマこれだ」と気づいて書き始めました。カフェイン様に発見のきっかけをもらって、コーヒー発見の記事を書く。なんだか一周して申し訳ない気持ちです(笑)。

キョウからの次の1本

「怖がられていたのに、後から大事にされた食べ物」つながりで、トマトが『毒林檎』だったころ。赤いのに、なぜ食べられなかった?もどうぞ。赤い実に人類がビビった話、コーヒーと並べると味わい深いです。

次回予告

ヤギの奇行の次は、宇宙の「消えもの」を。土星のあの輪、永遠にあるわけではないらしいんです。次は「今しか見られない」話をします。

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