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土星の輪はいつか消えるらしいので、あの美しさを「今」見られている奇跡について真面目に考えてみた

宇宙・ミステリー

子どものころ、図鑑で最初に「かっこいい」と思った星は、たぶん土星だったんですよね。丸い本体に、スッと横一文字の輪。あの輪っかがあるだけで、他の惑星とは格が違うというか、なんか特別扱いしたくなる(笑)。

で、大人になった今もあの輪は当然そこにあるわけで、なんとなく「宇宙にあるものは、ずーっとそのままなんだろうな」と思い込んでたんです。星も惑星も、人間の一生なんかとは比べものにならない時間、変わらずにあり続けるもんだと。

ところがですね。ちょっと調べていたら、こんな一文にぶつかってしまった。

「土星の輪は、いずれ消えてなくなると考えられている」

……え、マジで?(マジで?)

あの輪が、消える。永遠だと思ってたものに、まさかの「期限」があるらしい。これはちょっと、放っておけないやつです。今日はこの話を、順番にほどいていきます。(そして最後は、意外と自分の日常に返ってくる話でした)

推理: そもそも輪って「固い一枚板」じゃないよね?

キョウが土星の輪を輪切りにして中身を覗き、無数の氷の粒がびっしり並んでいる断面図

まず、消える理由を推理する前に、あの輪が何でできてるかを思い出しておきたいんですよね。

図鑑のイラストだと、輪って「一枚のプラスチック板」みたいに描かれがちなんですが、実際はぜんぜん違う。あれ、無数の氷や岩のかけらが集まってできてるんです。大きさは砂粒くらいのものから、家くらいのデカいものまで。それが土星のまわりをものすごい速さでグルグル回っていて、遠くから見ると一枚の輪っかに見えている、というわけ。

つまり「板」じゃなくて「粒の大群」。ここがポイントなんです。

で、ここで小市民の直感が働くわけです。粒の集まりってことは……一粒ずつなら、けっこう簡単にバラけたり、どっかに飛んでったりするんじゃないの? と。一枚板なら簡単には壊れないけど、砂の集まりなら風でも吹けば崩れる。宇宙に風は吹かないけど、代わりに「あるもの」がずっと引っ張り続けているとしたら……。

そう、重力です。輪を作っている粒の一つひとつに、土星本体の重力が容赦なくかかっている。この「引っ張り」が、実は輪の寿命の鍵を握っているらしいんですよね。

解明: 輪は「雨」になって降っている

土星本体に向かって輪の氷が細い光の筋になって降り注ぐ「リング・レイン」、ミラが傘をさして見上げる漫画的構図

調べていくと、キーワードは「リング・レイン(ring rain)」という現象でした。直訳すると「輪の雨」。なんとも詩的な名前なんですが、中身はけっこう物理的です。

氷の粒が、土星に「吸い込まれて」いく

輪を作っている氷の粒は、太陽の紫外線を浴びたり、微小な隕石がぶつかったりすると、静電気を帯びてちょっとだけ「軽く」なることがあるんですね。下敷きで髪の毛がフワッと持ち上がる、あれの宇宙版みたいなイメージです。で、土星には目に見えない磁力の道(磁場)が張りめぐらされていて、軽くなった氷の粒はその道にヒョイと乗ってしまう。あとはその道に沿って、土星本体のほうへスーッと吸い寄せられていく。そして最終的には、土星の上層大気に「雨」のように降り注いで、消えていく――これがリング・レインです。

NASAが2018年に発表した研究では、この輪の物質が想像以上のペースで土星に降り注いでいることが示されたと言われています。研究チームの見積もりだと、このリング・レインだけで計算しても、輪はおよそ3億年ほどで失われる可能性がある、とされている。しかも実際にはこれ以外の要因――たとえば輪の物質が土星本体へ直接落ち込んでいくぶんなども上乗せされるので、それらを合わせると寿命は1億年を切るかもしれない、という見方もあるようです。長持ち寄りに見積もっても3億年、短めに見れば1億年未満。どっちにしても、宇宙の時計では「あっという間」の部類なんですよ。

1億年って聞くと「いやいや、めちゃくちゃ先じゃん」と思うじゃないですか。ところが宇宙のスケールに並べると、この数字がけっこう「まばたき」レベルなんです。

46億年の中の、ほんの一瞬

46億年の長い帯の上で、輪が存在する期間がほんの一区間だけ光っているタイムライン図、キョウが指さす

土星も地球も、太陽系ができたのはだいたい46億年前。この46億年という長さに対して、輪の残り寿命が長くても3億年、短ければ1億年未満だとすると……全体のほんの数パーセント以下の期間しか、輪は存在できないことになる。

さらに面白いのが、輪の「生まれた時期」の話です。実はあの輪、土星ができたときからあったわけじゃなくて、比較的最近――およそ1億年前後、恐竜がまだ地球を歩いていたくらいの時代にできたのでは、という説もあるんですよね(これも諸説あって確定ではないんですが)。もしそうなら、輪は「割と最近ポッとできて、これからそう遠くないうちに消える」という、宇宙的にはかなり短命な存在ということになる。

つまりですよ。46億年の土星の歴史という長い長い映画の中で、「輪あり」のシーンはほんの一瞬。そして僕らは今、たまたまそのワンシーンに居合わせている。これ、冷静に考えるとちょっと鳥肌モノじゃないですか。

長い上映時間の映画フィルムの中で「輪あり」のコマだけが数コマ、そこにキョウとミラが座って観ている

もう一歩ふみこむと: 「変わらないもの」なんて、たぶん無い

ここで一歩引いて考えたいのが、「永遠」という感覚そのものなんです。

僕らは、山とか海とか星とか、自分の一生よりずっと長く存在するものを見ると、つい「これは永遠だ」「ずっと変わらない」と思ってしまう。でもそれって、単に「人間の寿命が短すぎて、変化に気づけないだけ」なんじゃないか、と。

土星の輪だって、人間の時間感覚では1ミリも変化して見えない。何世代生きたって、輪が薄くなるところは目撃できないでしょう。でも、宇宙の時計で早送りすれば、確実に「雨」となって降り、消えていく。変わってないんじゃなくて、変化がゆっくりすぎて見えないだけ。

これ、山とか川とか、身近な「変わらないように見えるもの」ぜんぶに言えることなんですよね。変化していないものは、たぶん宇宙に一つもない。あるのは「変化の速さの違い」だけ。永遠を求めるのは、変化に気づけない人間のちょっとしたエゴなのかもしれない、なんて思ったりします。

でね、ここがむしろ救いだと思うんです。消えるからこそ、今この瞬間の形に意味がある。ずっとあるものなら、いつ見たっていい。でも「いつか無くなる」と分かっていると、今そこにある姿が、急に愛おしくなる。日本の言葉でいう「無常」って、悲しいだけの概念じゃなくて、こういう「今を味わうための装置」でもあるんじゃないかな、と。

作り手目線でひとつ白状すると、僕、昔は「完成したら永遠に残るもの」を作りたいと思ってたんですよね。でも最近は逆で、「いつか古びて消えるけど、今の誰かにちゃんと届くもの」のほうがずっといいな、と思うようになった。土星の輪は、なんだかそういう物作りの理想みたいにも見えるんです。

小市民の学び

土星の輪は、重力と磁場によって少しずつ本体に降り注ぎ、宇宙のスケールで見ればそう遠くないうちに消えてしまうと考えられている。あの美しさは「永遠の標準装備」じゃなくて、宇宙規模の期間限定イベントで、僕らはたまたまその上映期間にチケットを取れた観客なんですよね。

これって、望遠鏡の中だけの話じゃないと思うんです。子どもの寝顔も、家族との夕飯も、今日の帰り道の空も、ぜんぶ「今しかない形」。永遠じゃないと知ることは、悲しいことじゃなくて、目の前をちゃんと見るためのスイッチなんじゃないかな。次に土星の写真を見かけたら、ぜひ「今しか見られない輪」だと思って眺めてみてください。ちょっとだけ、いつもより特別に見えるはずです。

キョウの余談

このネタを書きながら夜のベランダで土星を探したんですが、肉眼だと当然ただの点で、輪なんて全然見えず(笑)。でも「あの点に、期間限定の輪がある」と思うだけで、なぜか10分くらいぼーっと眺めちゃいました。安上がりな趣味です。

キョウからの次の1本

土星つながりでいうと、以前「土星は水より軽いから巨大プールに浮く」って話も書いてるんですよね。輪の儚さとはまた別の、土星の“意外な軽さ”から悩みの正体を考えた回です → 土星を巨大プールに沈めたらプカプカ浮く件

次回予告

消えていく輪を見上げたあとは、うつむいて足元を見ます。点字ブロックの凹凸、なぜ2種類あるのか。街には、足の裏で読む文字があるんです。

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