夜、ベランダで洗濯物を取り込んでいたら、やたら大きい月が出ていたんですよね。しばらくぼんやり眺めていたら、ミラに「その顔、いつも同じだよね」と言われまして。月の話です。念のため。
言われてみれば確かにそうで、子どもの頃から月といえばあのウサギの模様。角度が変わったところを見た記憶がない。地球はぐるぐる回っているし、月も地球のまわりを回っているのに、なぜか裏側だけは一度も見せてくれない。
これ、けっこう不思議じゃないですか。回っているのに、同じ面。回っていないのなら、まだ分かる。回っているのに、同じ面。……いや待てよ、と思って調べ始めたら、自分の前提のほうが間違っていました。
推理: 「自転していないから」だと、むしろ辻褄が合わない
最初に浮かんだ説明は、たぶん多くの人と同じで「月が自転していないから」でした。コマみたいに回っていないから、いつも同じ面がこっちを向いている。素直な答えです。
でも、紙の上で考えてみると、これがどうも変なんですよね。
自転をまったくしていない物体が、地球のまわりを一周したらどうなるか。宇宙の遠い星を基準にすると向きが変わらないわけですから、地球から見ると、一周する間に月の全周がぐるっと見えることになるはずなんです。真横も、裏側も。つまり「自転していない」という仮説を採用すると、むしろ裏側が見えてしまう。
現実には見えていない。ということは、月は自転している。しかも、公転と歩調を合わせるような、都合のいい速さで。……都合がよすぎませんか、それ(笑)。偶然そうなったにしては、話ができすぎている気がしたんです。

解明: 27.3日でぴったり歩調を合わせている
調べてみると、月の自転周期と公転周期は、どちらも約27.3日でほぼ一致していました。地球のまわりを一周するあいだに、自分もきっちり一回転する。だから、こちらに向ける面がずっと変わらない。
そして、これは偶然ではないんですよね。潮汐ロックと呼ばれる現象で、要するに長い時間をかけてそこへ落ち着いた、という話でした。
地球の重力は、月をほんのわずかに引き伸ばして変形させます。すると月には、地球のほうを向いたふくらみができる。月がそれより速く自転していると、そのふくらみが地球の正面からずれていく。ずれれば、地球の重力がふくらみを引き戻そうとする。この「引き戻し」が、長い時間をかけてブレーキとして働き続けて、自転がじわじわ遅くなった。そして、公転と歩調が揃ったところで、引っぱられる理由が消えて安定した。
台所でたとえるなら、ボウルの中で回している生地が、指に引っかかるたびに少しずつ減速していくようなものでしょうか。引っかかりがなくなる向きに落ち着いたところで、生地は回るのをやめる。
止まったのではなく、釣り合ったから止まって見える。ここが個人的にいちばん気持ちよかったところです。
「裏側=暗い側」ではありません
ついでに、長く勘違いしていたことが一つ。
月の裏側を「ダークサイド」と呼ぶせいか、あちら側はずっと暗闇なんだと思い込んでいました。でも、これは違うんですよね。月にも昼と夜があって、裏側にも普通に日は当たります。むしろ新月のときは、地球から見えない裏側のほうが煌々と照らされている。
暗いのではなく、こちらから見えないだけ。「見えない」と「無い」を混ぜてしまうのは、人間のよくある癖なのかもしれません。

そして、実は59%見せてくれている
で、ここからが今回いちばん驚いた話です。
同じ面を向けているとはいえ、月の見え方は完全に固定されているわけではないそうです。月の軌道はきれいな円ではなく少し楕円で、公転のスピードには速いところと遅いところがある。一方で自転のスピードはほぼ一定。この小さなズレのせいで、月は地球から見てゆっくり首を振るような動きをします。さらに月の自転軸はわずかに傾いていて、こちらは上下方向の振れを生む。左右と上下、両方の首振りを合わせたものが秤動(ひょうどう)と呼ばれる現象です。
その結果どうなるか。ある瞬間に見えているのは半分ほどですが、時期をずらして見続けると、縁の向こう側がちらちら顔を出す。長期的には月面の約59%が地球から見えると言われています。
半分どころか、ちょっとおまけしてくれていたわけです。
ちなみに、人類が残りの面を初めて目にしたのは1959年10月。旧ソ連の探査機ルナ3号が裏側を撮影して、その画像が地球に送られてきました。何万年も見上げてきた相手の、見たことのない側。それを人類が知ったのは、たかだか数十年前だったりします。
もう一段深掘り: 見せる面が固定されるのは、関係が落ち着いた証拠
ここまで調べて、しばらく考え込んでしまいました。
月がいつも同じ顔なのは、隠しごとをしているからではなく、地球と長い時間をかけて釣り合ったからでした。近くにいる時間が長いほど、向ける面が固定されていく。これ、人間にも思い当たる節がありませんか。
毎日顔を合わせる家族。十年一緒に働いている同僚。関係が安定するほど、お互いに見せる面はだいたい決まってくる。それは冷めたからでも、隠しているからでもなく、たぶん摩擦が減って落ち着いた結果です。

ただ、月の話には続きがありました。完全な固定ではなく、59%。ほんの少し首を振って、縁の向こうを見せてくれている。しかも、それに気づくにはこちらが何度も、時期を変えて見上げる必要がある。一晩だけ見て「今日も同じだな」と帰ってしまう人には、その59%は永久に半分のままです。
あと、月は今も年に4センチ弱ずつ地球から遠ざかっているそうで。安定して見える関係も、実はごくゆっくり距離を変えている。……なんだか、しみじみしてしまいますね。
ミラに「キョウも家族に59%くらいしか見せてないでしょ」と言われました。返す言葉がない上に、59%も見せていたら十分な気もします(笑)。
まあ、残りの41%を見せるかどうかより、相手が何度見上げてくれるかのほうが大事なんだろうな、とは思いました。月の側は、たぶん何もしていないので。
小市民の学び
月がいつも同じ顔なのは、月が回っていないからではなく、公転とぴったり同じ速さで回っているからでした。長い時間をかけて釣り合った結果の、静けさだったわけです。
学びとしては、「同じに見える」と「同じである」は違う、というあたりでしょうか。固定されているように見えて、実際には59%ぶんの首振りがあり、月そのものも年に4センチ弱ずつ遠ざかっている。止まって見えるものが、本当に止まっているとは限らない。
これ、双眼鏡があれば確かめられます。月の縁のクレーターは、時期をずらして見ると見えたり隠れたりする。手ぶれしない程度の倍率で十分だそうなので、次の満月あたりに縁のあたりを覚えておいて、ひと月後にもう一度見てみてください。
今夜も月はたぶん同じ顔をしています。でも、先月とまったく同じ角度ではないはずなんですよね。
キョウの余談
この記事を書きながら何度もベランダに出たせいで、家族から「今日やたら月を見てるね」と不審がられました。宇宙の話をしているつもりが、ただの怪しい人になっていた。知識を仕入れた直後の自分は、だいたい挙動がおかしくなります。
キョウからの次の1本
「見ている側の問題だった」つながりで、こちらもどうぞ。星がキラキラまたたくのは星のせいじゃなかった件──揺れているのは、たぶん見ている側なんですよね。夜空を見上げる前に読んでおくと、その日の星がちょっと違って見えます。
次回予告
宇宙の釣り合いの次は、部屋の中の釣り合いを。夏になると毎年もめる「冷房と除湿、どっちが電気代が安いのか」問題に、次は決着をつけにいきます。


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