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休日の買い出しに出たら、スーパーの自動ドアにアルバイト募集の貼り紙が出ていました。
同じ通りのドラッグストアにも。荷物を積んで寄ったガソリンスタンドの窓にも。
一時間のうちに三枚も目に入ったので、なんとなく額を見比べてしまいました。時給、どれもだいたい同じくらい。
三軒が示し合わせている、という話ではないと思います。ただ、家に帰って求人サイトを開き、時給の低い順に並べ替えてみたら、もっとはっきりしました。ある額のところで、すとんと下がなくなる。その額より下の求人が、一件も出てこない。
法律で決まっているからだ、というのは知っています。最低賃金。学生時代のバイトのころから、言葉としては知っていました。
ただ、そこで一つ引っかかりました。
あの額、誰が決めているんでしょう。
総理大臣が決めている、という話は聞いたことがない。国会で毎年投票している覚えもない。それなのに毎年秋になると額が変わって、貼り紙が刷り直される。決めている人の顔が、まったく思い浮かばないんですよね。
推理: たぶん、役所の誰かが計算している
最初に浮かんだのは、省庁の会議室で、誰かが分厚い統計資料を前に電卓を叩いている絵でした。
物価の伸び、賃金の伸び、暮らしにかかる費用。それらを式に入れて、出てきた数字を発表する。役所らしくて、いかにもありそうです。
ただ、それだと説明のつかないことが一つあります。
毎年あんなに揉めている。
夏になると「今年の引き上げは何円」というニュースが必ず流れて、労働側と経営側のコメントが並びます。計算で出るものなら、揉めようがない。電卓の答えに反対する人はいません。
つまり、あの額は計算の結果ではなく、話し合いの結果らしい。
ここは少し身に覚えがあります。仕事で求人を出す側に回ったことが何度かあって、掲示する時給を10円上げるかどうかで会議が一つ立つ。あの数字は、出す側から見ると急に生々しくなります。
そこまでは分かりました。分からないのは、誰と誰が話し合っているのか、です。
解明: 最低賃金を決めているのは「18人の会議」だった

法律が命じているのは「聴いてから決めろ」
根拠になっているのは、最低賃金法(昭和34年法律第137号)という法律です。
まず第4条。使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない。守らなかった場合は第40条で50万円以下の罰金。ここは想像どおりでした。
面白いのは、額の決め方でした。
第9条には、地域別最低賃金は次の3つを考慮して定める、と書かれています。
- 労働者の生計費
- 労働者の賃金
- 通常の事業の賃金支払能力
あわせて、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮する、という一文も付いています。
「暮らすのにいくら要るか」「まわりはいくら払っているか」「事業として払えるか」。三つとも大事なのは分かるのですが、どれを重く見るかで答えは変わります。式になっていない。
そして第10条。厚生労働大臣または都道府県労働局長は、最低賃金審議会の調査審議を求め、その意見を聴いて決定しなければならない、とあります。
法律が命じているのは、額そのものではなく、手続きのほうでした。
公益6・労働者6・使用者6
意見を聴く相手が、最低賃金審議会です。厚生労働省に中央最低賃金審議会が、都道府県労働局に地方最低賃金審議会が置かれています。
その中身が、思っていたより緻密でした。委員の数は18人(最低賃金審議会令)。しかも、法律のほう——最低賃金法第22条が、労働者を代表する委員・使用者を代表する委員・公益を代表する委員を各同数で組織せよ、と命じています。つまり、
- 公益を代表する者 6人
- 労働者を代表する者 6人
- 使用者を代表する者 6人
きっちり各同数。公労使の三者構成、と呼ばれる形です。
人数は政令で動かせても、同数であることは法律が押さえている。ここが効いていて、労働者側だけで決めれば額は上がるでしょうし、使用者側だけなら上がりにくいでしょう。どちらにも過半数を渡さず、あいだに公益委員を同数だけ置く。誰か一人が決められないように、最初から設計されているわけです。
中央が出すのは「目安」、額は47か所で決まる

もう一つ、思い込んでいたことがありました。
中央の審議会が額を決めて、それが全国に適用される。そう思っていたら、違いました。
中央が出すのは「目安」です。引き上げ額の参考値。しかも、この目安に法的な拘束力はありません。
実際の額を審議して答申するのは、47都道府県それぞれの地方最低賃金審議会です。中央の目安を参考にしながら、その地域の事情を調査審議する。決めるのは、さっきの第10条どおり都道府県労働局長。だから最低賃金は都道府県ごとに違いますし、決まるのは夏の終わり、実際に適用されるのは10月以降になります。
目安は全国一律ではなく、ランク制です。1978年(昭和53年)に目安制度が始まって以来、長く4区分だったものが、2023年に3区分(A・B・C)へ変わりました。制度が始まって初めてのランク数変更で、狙いは地域間格差の是正だと説明されています。Aランクは埼玉・千葉・東京・神奈川・愛知・大阪の6都府県、残りがBランクの28道府県とCランクの13県。都市部の6つと、それ以外、というざっくりした線引きです。
どのランクに入るかは、1人あたり県民所得や1世帯あたり消費支出といった複数の経済指標から作る「総合指数」をもとに、数年に一度見直されます。
正直に書くと、ここで一度読むのをやめて、自分の県がどの欄に入っているか確かめに行きました。通勤圏の隣の県が別のランクだと知って、画面を閉じるのが少し遅くなる。同じ一時間働いても、県境をまたぐと下限が変わるわけです。
それで、今年の綱引きはどう終わったのか
ここまで調べて、いい話だな、と思っていました。対立する立場を同数で並べて、話し合わせる。うまくできた設計です。
で、実際の話し合いはどうなったんだろう、と原文を読みに行って、固まりました。
「目安を定めるに至らなかった」
令和8年7月28日、中央最低賃金審議会が令和8年度の目安を答申しています。ランク別の引き上げ額は、こうです。
- Aランク 54円
- Bランク 56円
- Cランク 56円
BとCがAより高い。地方の引き上げ幅が都市部を上回る配分で、地域間の差を詰める方向だと読まれています。
この目安どおりに各都道府県で引き上げられた場合、全国加重平均は1,176円。前年度から55円、率にして4.9%の引き上げになります(前年度は6.3%)。
数字だけ見ると、粛々と決まったように見えます。
ところが、その答申のもとになった「中央最低賃金審議会目安に関する小委員会報告」には、こう書かれていました。
本小委員会(以下「目安小委員会」という。)としては、これらの意見を踏まえ目安を取りまとめるべく努めたところであるが、労使の意見が一致せず、目安を定めるに至らなかった。
決まらなかった、と書いてあります。
6回にわたって審議を重ねたうえで、それでも労使の意見が一致しなかった。ただ、各県はこのあと額を決めなければならない。そこで公益委員が「公益委員見解」という形で数字を示し、それが地方の審議会へ渡された。
そして、報告書はこう続きます。
労働者側委員としては、上記主張が十分に反映されずに取りまとめられた下記1の公益委員見解については、不満の意を表明した。
使用者側委員としては、上記主張が十分に反映されずに取りまとめられた下記1の公益委員見解については、不満の意を表明した。
労働者側と使用者側で、まったく同じ文言です。主語だけが入れ替わっている。
つまり、今年の最低賃金の下敷きになった数字は、労働者側も使用者側も「不満です」と表明した状態で世に出ているということになります。

自分の給料の下限が、そこで決まっている。これ、なかなかの状況では。
どちらの言い分も、読んでしまうと重い
念のため書いておくと、報告書を読む限り、どちらかがごねている、という話ではありません。
労働者側の主張はこうです。最低賃金は、生存権を確保したうえで、労働の対価としてふさわしいナショナルミニマムの水準であるべきだ。最低賃金の近くで働く人へのアンケートでは、「今後も最低賃金が引き上がるべき」と考える人が7割を超え、その最大の理由は「現在の最低賃金額は生計費を維持するために十分な水準でないから」だった。中期的には、一般労働者の賃金中央値の6割水準を重視した継続的な引き上げが必要である。地域間の額の差は、近接した都道府県のあいだで労働力を流出させている。
要するに、その額で暮らせるようにしてほしい、ということです。
使用者側の主張も読んでみます。物価上昇と大幅な賃上げの流れを踏まえれば、一定程度の引き上げの必要性は十分に理解する。ただし、各企業の経営判断や労使交渉による賃上げと、業績に関わりなく法的強制力をもって適用される地域別最低賃金の引き上げは、意味合いがまったく異なる。全企業に例外なく罰則付きで適用される以上、価格転嫁ができず厳しい経営環境に置かれた個々の中小企業・小規模事業者を含めた企業の賃金支払能力を、十分に踏まえた慎重な判断が不可欠である。
要するに、上げ幅を誤ると払えない店が出る、ということです。
……どちらも、そうだよなあ、と思ってしまいます。
片方を悪者にすれば話は早く終わるのですが、両方を並べて読んでしまうと、そういうふうには書けなくなる。
「賃金支払能力」は、うちの会社の話ではない
報告書を読み進めていて、一行だけ線を引いた箇所があります。
さっきの第9条の3要素に「通常の事業の賃金支払能力」というのがありました。これを、てっきり「個々の会社が払えるかどうか」だと読んでいたのですが、労働者側委員はこう指摘しています。
「通常の事業の賃金支払能力」とは、当該業種等において正常な経営をしていく場合に通常の事業に期待することのできる賃金経費の負担能力のことであって、個々の企業の支払能力のことではない点を改めて述べた。
法律が見ているのは、「平均的にまともに経営していれば、これくらいは払えるはず」という水準です。うちは苦しいから、という個社の事情を測る仕組みにはなっていない。
言われてみれば、そうでないと困ります。会社ごとの事情で下限が動くなら、それはもう下限とは呼べません。
ただ、ここで一つ気づいてしまいました。さっきの使用者側は、同じ報告書の中で「個々の中小企業・小規模事業者を含めた企業の賃金支払能力」を踏まえよ、と言っています。労働者側は、支払能力とは「個々の企業の支払能力のことではない」と言っている。
同じ一冊の中で、「支払能力」という同じ言葉が、片方からは個々を見ろと引かれ、片方からは個々から離れろと引かれている。綱引きは、額の大小だけで起きているのではないらしい。
なお、7月末に示された目安は、あくまで出発点です。ここから47都道府県の地方審議会がそれぞれ調査審議して額を答申し、答申は夏の終わりにかけて出そろう。そのあと異議申出の手続を経て、都道府県労働局長が決定する。発効は10月以降で、県によっては年をまたぐこともあります。
しかも目安どおりに収まるとも限らなくて、前年度は39の道府県が目安を超える額で着地しました。全国加重平均1,176円というのも、「目安どおりならこうなる」という仮の姿にすぎません。
自分の県がいくらになったかは、厚生労働省のサイトに一覧が出ます。貼り紙の額の根拠が、そこに一行で載っているわけです。
小市民の学び
誰も満足していない、というのは、ふつう失敗の証拠に見えます。まとまらなかった会議、という響きがあるので。
でも、この件に関しては、たぶん逆なんですよね。
労働者側が満足しきった額が出てきたら、それは払う側の事情が抜け落ちている。使用者側が満足しきった額なら、暮らしの側が抜けている。同数で並べて、両方から等しく不満が出た地点。あれは崩れた会議の跡ではなく、そこが着地点だと分かる目印なんじゃないか。
もちろん、誰も望まない数字がただ出ただけ、という失敗もあり得るので、そう言い切れるかは分かりません。それでも、片方だけが晴れやかな顔をしている数字のほうが、たぶん怖い。
正直に書くと、自分の給料の下限が「全員が少し不満な数字」で決まっていると知ったときは、あまりいい気分ではありませんでした。もっとちゃんとした根拠で決まっていてほしかった、というのが本音です。
先週、家族の旅行の行き先が「全員が第二希望」のところに決まりました。あの決め方、うまくいっていたほうだったらしいです。
キョウの余談
学生時代のバイトの時給を思い出そうとしたのですが、金額はどうしても出てこないのに、レジ締めのたびに店長がついていたため息だけは、やけに鮮明に残っていました。
キョウからの次の1本
「誰か一人には決めさせない」設計の話が、もう一本あります。中央銀行のトップが「総理大臣の言うこと」を聞かない理由を調べたら、自分の心の中にも一人雇いたくなった話。あちらは、決める人をわざと遠くに置いておく仕組みでした。
次回予告
土壇場までもつれた審議——と書きかけて、指が止まりました。土壇場。飲み会のドタキャンにも使うこの言葉は、もとは江戸のある場所の名前です。そこがどういう場所だったのかを知ってしまうと、たぶんもう軽い気持ちでは使えません。その場所の話です。


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