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定時の少し前、17時40分。部署の飲み会のグループLINEに通知が来ました。
「すみません!急な対応でドタバタしてて、今日ドタキャンになっちゃいます……」
幹事はこちらです。お店の予約は19時に5人。すぐに「ひとり減って4人に……」と電話を入れました。人数を減らす電話って、自分が悪いわけでもないのに、なぜか声が小さくなるんですよね(笑)。
グループには「了解です、落ち着いたらまた!」と返して、ここまでは幹事をやっていればよくある流れです。
引っかかったのは、電話を切ってからLINEを読み返したときでした。
ドタバタしてて、ドタキャン。
一行のなかに「ドタ」が2回出てくる。しかも、続けて読んでもまったく違和感がない。書いた後輩も読んだ側も、たぶん同じ「ドタ」のつもりです。慌ただしい足音の、あのドタです。
でも、ドタキャンの「ドタ」は足音ではありません。
前回の最低賃金の記事の最後で、「土壇場までもつれた審議」と書きかけてやめた、という話をしました。ドタキャンの「ドタ」は、その土壇場(どたんば)の頭の2文字です。そして土壇場は、もとは江戸のある場所の呼び名でした。
推理: 「ドタ」は足音で、「土壇場」は土の舞台?

調べる前に、字面だけで推理してみました。
まず「ドタキャン」の「ドタ」。土壇場の略だと知ってはいたのに、打つときに浮かんでいたのは、正直ずっと擬音のほうでした。ドタバタ、ドタドタ。
送る側に回ったこともあります。子どもが夕方に急に熱を出した日、あのLINEとほとんど同じ文面を、謝る絵文字を2つ付けて打ちました。習い事のお休み連絡を、始まる30分前に先生へ入れたのもその日です。あのときの気持ちは、完全に「ドタバタ」の側でした。
次に「土壇場」。「壇」は教壇や演壇の壇なので、一段高くなった台のこと。土を盛った台のある場所、と読めます。
そこから思い浮かんだのは、相撲の土俵でした。土を盛って固めた台の上で、追い込まれて土俵際、そこから逆転。「土壇場の逆転劇」という言い方もあるくらいなので、勝負の最終局面を迎える、土の舞台。そんなイメージです。
我ながら、そこそこ筋は通っている気がしました(笑)。
ところが、実際の土壇場は、舞台と呼ぶにはずいぶん静かで、重たい場所でした。
解明: 土壇場は、どんな台だったのか
辞書に書いてあること
まずは辞書を引きました。デジタル大辞泉では、土壇場はこう説明されています。
近世、首切りの刑を行うために築いた土の壇。
そこから転じて、「決断をせまられる、最後の場面。進退きわまった状態」。精選版日本国語大辞典も同じ筋で、1つ目の意味が「首斬りの刑を行なう場所。首斬り場。しおきば」、2つ目が「最後の決断をせまられる場面」です。
土で作った台、というところまでは合っていました。ただ、その台の上にあったのは勝負ではなく、刑でした。
「近世」は、おおむね江戸時代を中心にした時代です。刑を行うために土を盛って築いた壇、その壇のある場所が土壇場。どこか1か所の地名ではなく、そういう場所を指す呼び名です。
こう読むと、今の意味とのつながりも見えてきます。そこへ連れていかれた人にとって、その先の場面はもうない。「後がない」の「後」が、本当に無い場所だったわけです。
1772年と1908年
辞書には、その言葉が実際に使われた古い文章(用例)も載っています。ここが面白かった。
刑場の意味で挙がっているのは、1772年の咄本(はなしぼん。笑い話を集めた本)『楽牽頭』の一節です。
政宗の刀を出され、どだんばへつれ行しに
笑い話の本に、説明もなくさらっと出てくる。当時の読み手には、注釈のいらない言葉だったのかもしれません。
一方、「せっぱつまった場合」という比喩の意味では、1908年の生田葵山の小説『都会』の一文が挙がっています。
婦女の身には恐ろしい危険場(ドタンバ)に坐って居るのに気が附き
「危険場」と書いて「ドタンバ」と読ませています。この一文には、もう土も壇も出てこない。字の上では、刑場から離れて「危ない場面」そのものになっています。
用例の年代から言えるのはここまでですが、少なくとも江戸時代の中ごろには刑場の意味で、明治の終わりには比喩の意味で使われていた、ということになります。
辞書とは、少し違う見方もある

調べていて「えっ」となったのは、この先でした。
国語辞典の編纂者として知られる飯間浩明さんは、新潮社のウェブマガジン「考える人」の連載「分け入っても分け入っても日本語」の『どたん場』の回で、辞書とは少し違う説明をしています。
飯間さんによると、土壇は江戸時代の「お試し場」に作られたもので、高さ2尺4寸(約70cm)ほどの土の台に、竹の杭が4本、「::」の形に立ててあった。そしてこの台は、刀の試し斬りに使われていた、というんです。
つまり、土壇は刑そのものを行う台ではなく、刑のあとに、刀の切れ味を確かめるために使われた台だった、という見方です。
推理好きとしてはここで決着をつけたかったのですが、辞書にも飯間さんにもそれぞれ根拠があるはずで、手元の材料では軍配を上げられませんでした。
それでも、どちらをとっても変わらないことがあります。辞書の説明でも飯間さんの説明でも、土壇は刀と、人の命の終わりのすぐそばにあった。「後がない」という意味の出どころがそこにある点は、2つの説で同じです。
「ドタ」が「キャン」と組むまで
では、そんな来歴を持つ言葉が、どうやって飲み会の欠席連絡にまで降りてきたのか。
「ドタキャン」は、「どた(土壇場)」+「キャン(キャンセル)」。予定や約束を間際になって取り消すことをいう俗語です。江戸の土の台と英語のキャンセルが、頭の2音ずつを出し合って1語になっています。
飯間さんによると、ドタキャンはもとは芸能界の俗語で、1980年代に若者のあいだに浸透しはじめたそうです。
辞書への登場も早くて、『広辞苑』は1998年の第5版で、『大辞林』や『大辞泉』に先駆けて「ドタキャン」を収録しています。今では新聞の見出しに使われていても、誰も驚かない言葉です。
実家の本棚にあった広辞苑も、時期からするとドタキャンが載っていない版だったはず……と言いたいところですが、版数を確かめた覚えはないので、ここは推理というより当てずっぽうです(笑)。古い辞書は、載っていない言葉のほうに時代が出るのが面白いんですよね。
「ドタバタ」に聞こえるのは、自然なことだった
ここで、冒頭のLINEに戻ります。
「ドタバタしてて、ドタキャン」。あの一行の2つの「ドタ」を同じものだと感じたのは、こちらだけの勘違いではなかったようです。
飯間さんも、今は「切羽詰まり、ドタバタして慌ただしい場面」くらいの感じで使われているのではないか、と書いていて、ご自身も「ドタン、バタン」という擬音がつい頭に浮かんでしまう、と明かしています。
考えてみると、これはかなりうまくできたすり替わりです。土壇場を知らなくても、「ドタ」の響きだけで「直前に、慌ただしく」という感じがちゃんと伝わってしまう。語源を忘れても意味が壊れない音だったことが、ここまで広く使われるのを後押ししたのかもしれません。
それにしても、どうしてここまで軽くなれたのか

刑場の名前(1772年)から、せっぱつまった場面(1908年)へ、そして直前のキャンセル(1980年代〜)へ。最後には、字の由来そのものが足音に置き換わる。言葉が、重さを1枚ずつ脱いでいくように見えます。
では、なぜそこまで脱げたのか。ここからは推理ですが、土壇場という場所が、人の暮らしから遠くなったからだと思うんです。
江戸の人も、この言葉を笑い話に出してはいました。でもそれは、刀を出されて連れていかれる、あの場所そのものの話としてでした。言葉の向こうには、いつも本物の場所があった。
今は、江戸の土壇場を見たことのある人はいません。だから、台のことを一度も思い浮かべないまま、飲み会の連絡に「ドタ」と付けられる。言葉が雑に扱われてきた、というのとは少し違う気がします。
小市民の学び
前回の予告では、「そこがどういう場所だったのかを知ってしまうと、たぶんもう軽い気持ちでは使えません」と書きました。
調べ終えてみると、これは半分当たって、半分外れていました。
当たっていたのは、土壇場が、土俵を思い浮かべていた推理よりずっと重たい場所だったこと。
外れていたのは、「だから使えなくなる」のほう。刑場の名前だった言葉を、飲み会の連絡に使えるところまで軽くしてきたのは、その場所を遠ざけてきた暮らしのほうでした。その軽さを、わざわざ重く戻さなくてもいい。直前で予定が崩れる日は、誰にでもありますし。
ただ、次に「ごめん、今日ドタキャンで」と届いたら、いつもどおり「了解、また今度!」と返しながら、その「ドタ」の奥にある土の台のことを、1秒くらいは思い出す気がします。
キョウの余談
「土壇場」の「壇」を手で書こうとしたら、右側がどうしても出てきませんでした。会議メモの余白にこっそり5回書いたので、今はたぶん書けます。たぶん。
キョウからの次の1本
そういえば「ヤバい」にも、江戸の牢屋から来たという説がありました。「ヤバい」は江戸時代の牢屋用語だった(諸説)件では、言葉が軽くなるどころか、意味ごと裏返って「最高」にまでたどり着いています。
次回予告
踏切の遮断機は、下りるときと上がるとき、どちらのほうがゆっくり動いているでしょうか。ほぼ毎日目にしているはずなのに、調べる前の予想は見事に外れました。


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