カンカンカン、と警報が鳴り出したのは、前の車が踏切を渡りきった直後でした。
子どもを塾へ迎えに行った帰りで、車は踏切手前の停止線。後部座席では「おなかすいた」がすでに3回目に入っていました。
赤いランプが交互に点いて、黄色と黒の棒が下りてくる。右から電車が通過。やっと終わりか、と思ったら警報は鳴りやまず、見上げると矢印のランプが左向きにも光っています。反対側からも来るパターンです(笑)。
2本目が通り過ぎて、ようやく警報が止まり、棒が上がり始める。そのタイミングで後ろから「まだ?」。
「踏切ってさ、下りるのは早いのに、上がるのはのんびりなんだよ」
言いながら、本気でそう信じていました。閉めるのはさっと、開けるのはじっくり。ほぼ毎日見ている景色なので、疑ったこともなかったんですよね。
でも、本当にそうなのか。子どもに言い切ってしまった手前、帰ってから確かめてみることにしました。
推理: 「止めるのは一瞬、通すのは慎重に」のはず

調べる前の予想は、迷わず「上がるほうがゆっくり」。見事に外れることになる予想です。
理由もいちおう考えてありました。
下りるのは、電車が来るから。危ないものを止める動きなので、ぐずぐずしていられない。一方で、上がるのは「もう渡っていいよ」の合図です。電車が本当に通り過ぎたか、次が来ていないかを確かめてから、慎重に上げる。だから遅い。
趣味でプログラムを書くときの感覚も、この推理を後押ししていました。止める処理はすぐ実行、再開はチェックを通してから。仕組みを作る側に立てば、たぶんそう組みます。
体感とも合っていました。踏切で「早く開いてくれ」と思ったことは何度もあっても、「早く閉まってくれ」と思ったことは一度もありません(笑)。
理屈でも体感でも、疑う理由が見当たらなかったわけです。
解明: ゆっくりなのは、下りるほうでした

Wikipediaの「遮断機」の項目によると、遮断桿(しゃだんかん。あの黄色と黒の棒)は、次のように動くそうです。踏切ごとに差はあるはずなので、あくまで目安として。
- 警報が鳴り始めたあと、5〜8秒ほどかけてゆっくり下りる
- 警報が止まったあと、4〜5秒ほどで早めに上がる
実は、下りるほうがゆっくりめ。予想とは逆でした(そっちなの?)。
理由を読んで、今度は素直に納得しました。ゆっくり下りるのは、すでに踏切に入っている車などが、外へ出られるように。上がるのが早いのは、待っていた人や車を早く渡らせるため。
推理では「危ないから急いで閉める」と考えていました。でも、急いで閉められて困るのは、まさにその瞬間に踏切の中にいる人です。外で待っている側の頭からは、その人のことがすっぽり抜けていました。
下りきっても、列車はまだ来ない
もう少し調べると、国の基準にも同じ考え方が書き込まれていました。
鉄道の技術基準を定めた省令の解釈基準では、警報が鳴り始めてから遮断機が下りきるまで15秒ほど、そのあと列車が来るまで20秒ほどが標準になっています。後ろの「まだ?」より、ずっと気長でした(笑)。
目の前でいきなりガシャンと閉まる扉とは違って、何段階も余白を重ねながら閉まる仕組みだったわけです。
念のため書いておくと、これは「鳴ってからでも渡れる」という意味ではありません。道路交通法では、車や自転車は、遮断機や警報機が動いているかどうかに関係なく、踏切の直前でいったん止まることになっています。警報が鳴っている間や、遮断機が下りようとしている間は、踏切に入ってはいけないことも決まっています。下りきるまでの余白は、気づくのが遅れて中にいた誰かが、外へ出るための時間です。
それでも「下りるのは早い」と感じていたのは、鳴った瞬間に「もう渡れない」と、気持ちのほうが先に閉まるからかもしれません。安全のためには、たぶんそのくらいでちょうどいい。
「なかなか上がらない」の犯人は、遮断桿ではなかった
では、「上がるのが遅い」という体感はどこから来ていたのか。
振り返ってみると、待たされていたのは、棒が上がるほんの数秒ではありませんでした。
1つは、警報が止まるタイミングです。警報は、列車の最後尾が踏切を通過し終えてから止まります。先頭が過ぎても、編成が長ければしばらく鳴りっぱなし。
もう1つは、反対方向の列車。線路が2本以上ある踏切には、どちらから列車が来るかを示す矢印(列車進行方向指示器)が付いています。迎えの帰りに見た左向きの矢印がまさにそれで、1本目が過ぎても、2本目が近づいているあいだは遮断桿は上がれません。
これが重なり続けると、いわゆる「開かずの踏切」になります。国土交通省の定義では、ピーク時の遮断時間が1時間あたり40分以上の踏切のことだそうです。
つまり長く感じていたのは待ち時間の合計で、それを最後に目の前で動く遮断桿のせいにしていたんですよね。いちばん目立つ人物を犯人だと思い込む。推理ものなら、読者が最初に引っかかる罠でした(笑)。
万一、踏切の中に取り残されたら

ゆっくり下りるのが中にいる人のためなら、気になるのは「それでも出られなかったら」のほうです。
国のまとめでは、令和6年度の踏切障害事故は217件、そのうち亡くなった方は87人でした。
そもそも、踏切の先が詰まっていて中で止まってしまいそうなときは、踏切に入らないことになっています。それでも渋滞などで、車ごと踏切の中に残ってしまったら。運輸安全委員会やJAFの案内を読むと、やることは思ったよりシンプルでした。
まず、遮断桿は押していい。運輸安全委員会の案内には、「遮断かんを車で押したら出られます」と書いてあります。最近の遮断桿は、車で押しても折れずに斜め上に持ち上がる作りになっているそうなので、慌てずゆっくり押し出せばいい。
速さの話と同じくらい意外だったのがここです。あの棒を車で押すなんて、壊してしまいそうで、小心者としては絶対にためらうと思うんですよね。でも、迷っているあいだにも列車は近づいてきます。時速60〜80kmの列車は、止まるまでに約200〜400mかかるそうで、運転士が気づいてからでは止まりきれないことがあるわけです。
車が動かないときは、すぐに車を降りて踏切の外へ出て、身の安全を確保したら、できるだけ早く非常ボタン(踏切支障報知装置)を押す。ボタンが見当たらなければ、発炎筒で知らせる。
「押していい」「先に出ていい」を知っているだけで、ためらう時間はだいぶ短くなる気がします。
小市民の学び
ほぼ毎日見ている棒なのに、ゆっくり動くのがどちらなのかを、ずっと逆に覚えていました。待たされる側からは、下りきるまでの時間が誰のためにあるのか、まるで見えていませんでした。
アプリを作っている身としては、少し耳の痛い話でもあります。メンテナンスでサービスを止めるなら、入力の途中の人が保存し終えるまで待ちたいし、再開は準備ができた瞬間でいい。推理の段階で「止めるのは即時」と組んでいたのは、完全に作る側の都合でした(笑)。
これからは踏切で待たされても、あの棒を恨むのはやめておきます。犯人は別にいたので。
キョウの余談
後部座席で「上がるのがのんびり」と聞かされた子には、まだ訂正できていません。次に同じ踏切で止まったら、一緒に「いーち、にー」と数えて答え合わせをするつもりです。
キョウからの次の1本
閉まるまでの時間に理由があった話としては、エレベーターの「閉」ボタン、本当に効いてるのか疑いながら連打してたら、効かない数秒のほうに理由があった件も、根っこがよく似ています。押しても閉まらないあの時間に、誰の用事が入っていたのかを追いかけました。
次回予告
木星は地球を守る用心棒なのか、それとも彗星をこっちへ放り込んでくる張本人なのか。評判が真っ二つに割れています。


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