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実家の台所を片付けていたら、吊り戸棚の奥から、アルミの雪平鍋が出てきました。子どもの頃、袋のラーメンを作ってもらっていた鍋です。
「使うなら持っていって」と言われて、ありがたくもらって帰りました。
その晩、さっそく家のIHクッキングヒーターに乗せて、うどん用のお湯を沸かそうとしたんですよね。ところがスイッチを入れても、ピピッと鳴って火力の表示が点滅するだけ。置き直しても、真ん中に寄せても変わりません。
しかたなく水をいつものステンレスの片手鍋に移すと、あっさり表示が点いて、しばらくすると鍋底から小さな泡が上がってきました。
同じ水、同じ天板、同じ火力。違うのは鍋だけです。
考えてみると、IHには炎がありません。赤く光る線も見えない。それなのに鍋はちゃんと熱くなるし、鍋によっては、そもそも温めてもらえない。毎日のように使っているのに、中で何が起きているのか、ひとつも説明できませんでした。
思い出の雪平鍋は、なぜ門前払いだったのか。ほどいてみます。
推理: IHは「熱い板」のコンロ、説
調べる前の予想は、こうです。つるっとした黒いガラスの天板の下に、トースターのような電熱線が仕込んであって、ガラスごと温めている。炎の代わりに熱い板を使うコンロだから、火が見えない。
ただ、この推理だと雪平鍋のことが説明できません。熱い板に乗せるだけなら、ステンレスの鍋では沸いて、アルミの鍋だけ点滅で断られる理由がない。
どうやらIHは、鍋のほうに直接何かをしている。その「何か」が、鍋を選んでいる。推理はそこで行き止まりでした(早い)。
ガスの炎を見ながら火加減を覚えたので、見えないものに火加減を任せているのが、実は少しだけ落ち着きません。
解明: 熱くなっていたのは、鍋そのものでした

メーカーや技術者向けの解説を読んでいくと、答えはあっさり書いてありました。
天板の下に仕込まれていたのは、「磁力発生コイル」でした。ここに電気を流すと磁力線が出て、その磁力線が金属の鍋底を通るとき、鍋底に「うず電流」という電気の流れが生まれる。この電流が、鍋自身の電気抵抗で熱に変わります。パナソニックの説明には「鍋自体がヒーターとなって」という言い方まで出てきます。
推理の「熱い板」は、鍋のほうでした。
コイルに流す電気は、1秒に数万回オン・オフを切り替えて、細かく揺れる電気に作り替えてあります。
ちなみに天板は、ある機種の取扱説明書によるとガラス製。ガラスは電気を通さずうず電流が流れないので、天板そのものは電気では温まりにくいと考えられます(ただし、熱い鍋が乗ったあとの天板は別の話です)。
残るは、雪平鍋の件です。
アルミの雪平鍋が、門前払いだった理由

日本電機工業会の案内を見ると、一般的なIHで使える鍋と使えない鍋は、おおよそこう分かれます。
- 使える: 鉄、鉄の鋳物、鉄のホーロー、ステンレス
- 使えない: アルミ、銅、土鍋などの陶磁器、耐熱ガラス
ステンレスでも磁石がつかない種類は火力が弱くなる場合があり、細かいところは機種でも違います。
土鍋やガラスは金属ではないので、うず電流がそもそも流れない。では、アルミは金属なのに、なぜだめなのか。
電気を通しやすすぎて、熱になりにくい
これまでのIHは、鉄やステンレスのように、磁石につく性質があって電気が流れにくい鍋向けに作られていました。
アルミや銅は、その反対です。磁石につかないうえに、電気をよく通す。すいすい流れてしまうので、同じ条件では熱になりにくい。つるつるの床は、靴でこすってもあまり熱くならない。アルミの鍋底は、電気にとってそういう床なのかもしれません。
使えない鍋が乗ると、IHは警告音やランプで知らせる、と同じ案内にもあります。雪平鍋のピピッと点滅は、その合図でした。雪平鍋がIHを拒んでいたのではなく、IHのほうが、雪平鍋を温めるのが苦手だったわけです。
その苦手を、揺らす細かさで越えたIHがある
「オールメタル対応」と呼ばれるIHは、コイルに流す電気をもっと細かく揺らし、電流やコイルの巻数も増やして、アルミや銅の鍋も発熱させています。学会誌の解説では、鉄やステンレスの鍋なら1秒に約2万回、アルミや銅の鍋なら6万〜9万回ほど、とされていました(そこまで揺らしますか)。
細かく揺らすほど、うず電流は鍋の表面近くに集まります。通り道が狭くなるぶん、すいすい流れていたアルミでも熱が出やすくなる。揺らし方を変えて、電流まで増やして押し切る。力技ですが、筋は通っています。
それでもアルミや銅だと、最大火力に上限があったり、天板が特に高温になったりする機種があります。対応機でも、底が小さい鍋や反った鍋は使えないことがあります。うちのIHは雪平鍋を点滅で断ったので、対応機ではないのかもしれません(笑)。
家でできる見分け方
オールメタル対応でないIHの場合は、鍋底に磁石がつくかが目安です。水を入れて加熱してみる方法もあり、使える鍋なら火力表示が点灯、使えない鍋なら点滅、という機種もあります。
土鍋は少しややこしく、「IH対応」とあっても、IHの種類で扱いが違います。たとえばパナソニックは、100Vの卓上IHなら条件を満たすIH用土鍋を使えるとする一方、200Vの据え置き型やビルトイン型では、IH用の表示があっても土鍋は使わないよう案内しています。見るべきは鍋の箱より、IHの説明書でした。
鍋をどけたあとの天板は、ちゃんと熱い

うどんを食べ終えて、鍋をどけたあとの天板に、何も考えずに台ふきんを伸ばしかけました。「高温注意」の表示が光っているのに気づいて、あわてて引っ込めました。
天板を電気で温めていなくても、上にはさっきまで熱々の鍋が乗っていました。鍋の熱などが伝わって、天板も熱くなる。使ったあともしばらくは高温で、多くの機種では、熱いあいだは電源を切っても高温注意の表示が続きます。日立の案内では、天板が約50℃まで下がると表示が消えるそうです。
東京都の調査で、調理中に発煙や発火などを経験した人に、やけどやけがなど危ない目にあった状況を聞くと、最も多かったのは「熱くなったIHクッキングヒーターのプレートに触れた」でした。炎が見えないと、熱さのほうも目に入りにくいんですよね。
天板は、つい物置きにもなりがちです(うちのIHの端にも、調味料のボトルが住みついていました)。取扱説明書では、天板に鍋以外の物を置かないよう注意していて、カセットコンロや缶詰は誤って加熱すると爆発する、とまで書かれています。ボトルはその日のうちに、隣の棚へ引っ越してもらいました。
炎がなくても、油は燃えることがある
「火を使わないから火事にならない」も、本当ではありませんでした。
IHの温度センサーは、多くの場合、コイルの真ん中あたり、鍋底の中心の下にあります。揚げ物のモードでは、このセンサーで測った温度をもとに、上がりすぎないように加減している。ところが鍋底がへこんだり反ったりしていると、すき間ができて、正しく測れないことがあります。
NITE(製品評価技術基盤機構)も、へこんだ鍋を使ったり、説明書より少ない油で揚げ物をしたりすると、温度を正しく測れずに発火するおそれがある、と注意を呼びかけています。汚れ防止のシートも使用を禁止している機種があるので、自分のIHの説明書で一度確かめておくと安心です。
センサーの話を知ってから読むと、揚げ物のルールにもひとつずつ理由が見えてきます。揚げ物は揚げ物のモードで、指定の鍋で、決められた量以上の油で、鍋は真ん中に。そして、そばを離れない。東京都の同じ調査でも、発煙や発火の原因のトップは「その場を離れていたため、加温しすぎていた」でした。
小市民の学び
IHは、熱い板で鍋を温めているのではなく、鍋の中で熱を起こしていました。だから鍋を選ぶし、電気を通しやすすぎるアルミの雪平鍋は、うちのIHでは温まらなかった。そして鍋が熱くなれば、その下の天板にも熱が残ります。
思い出の雪平鍋は、火にかけない係に回って、洗った野菜の待機場所になりました。
ガスのコンロなら、火が消えたかどうかは見れば分かります。IHでは、その目印を、あの小さな高温注意の表示が引き受けていました。
表示が消えるまでは、そこにまだ火があるつもりで、台ふきんを持つ手を待たせることにします。
キョウの余談
磁石の見分け方を試そうと、冷蔵庫のマグネットを1枚はがして家じゅうの鍋底を確かめていたら、そのマグネットで留めていた学校のお知らせがどれだったのか、分からなくなりました。鍋の判定より、プリントを元の場所に戻すほうが難しかったです(笑)。
キョウからの次の1本
鍋を選ぶIHに対して、電子レンジは庫内の「場所」によって温まり方にムラが出る家電でした。電子レンジのお皿、気付いたら回らなくなってた件──バタバタするより静かに考える方がスマートなんですよねで、お皿が回らなくなった理由と一緒に、そのムラの正体を書いています。
次回予告
サラダにかけるたびに目に入るのに、「マヨネーズ」という名前がどこから来たのか、聞かれたらいまのところひと言も答えられません。


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