歩いていて、あるいは車を運転していて、
「この道、なんか凹んでない?」って思ったこと、ない?
ぼくはある。しかも何度も。
最初はさ、単純に「工事が雑なんじゃないの?」とか思ってたんだけど、
調べてみたら全然違った。
あの凹み──いわゆる「わだち」は、
アスファルトが“ちゃんと仕事をした結果”だったんだよね。
今回は、道路に刻まれたわだちから見えてくる、
アスファルトの正体と、
それがちょっと人間社会にも似てる話をしてみる。
そもそも「わだち」って何者?
「わだち」って言葉、知ってはいるけど、
日常であんまり使わないよね。
簡単に言うと、
同じ場所を、同じように車が通り続けた結果できる溝
タイヤが通る部分だけが沈んで、
その両脇がちょっと盛り上がる、あの形。
見た目だけだと、
「削れてる」「削られた」って思いがちなんだけど、
実はこれ、削れよりも“流れ”が原因。
アスファルトは岩じゃない。実は「粘り気の塊」
道路って、見た目は完全に岩だよね。
カッチカチ。
動く気配ゼロ。
でも正体は違う。
アスファルトは、物理的には
「粘弾性体(ねんだんせいたい)」。
難しそうだけど、要するにこう。
急に力をかけると固く、
ゆっくり力をかけると形が変わる
例えるなら、冷えて固まったキャラメル。
触ると固いけど、
重たいものをずっと乗せておくと、
じわ〜っと潰れていく。
アスファルトも同じで、
一台一台の車では何も起きなくても、
毎日、何万回も同じ場所を踏まれ続けると、
少しずつ形が変わる。
夏がヤバい。路面は60℃を超える
ここで重要なのが「温度」。
夏のアスファルト、実はとんでもない。
気温35℃の日、
路面温度は60℃以上になることも珍しくない。
……想像してみて。
フライパンに置いたキャラメル。
そこに、何十トンものトラックが
何度も何度も乗っかる。
そりゃ流れるよね。
しかもアスファルトは、
中に石(骨材)がぎっしり詰まっていて、
それを黒い接着剤(ビットメン)がまとめてる構造。
暑くなると、この接着剤が弱る。
すると中の石たちが、
「無理無理、支えきれない!」って横に逃げる。
結果、
タイヤの下は沈み、
両脇が盛り上がる。
削れてるんじゃない。「押し出されてる」
ここ、意外と誤解されがちなんだけど、
多くのわだちは削れた結果じゃない。
押されて、移動した結果。
だから、
凹みの横が盛り上がってる。
これはもう、
アスファルトが耐えきれず、
横に逃げた証拠なんだよね。
「壊れた」というより、
「頑張りすぎた」。
わだちは「設計思想の裏返し」
ちなみに、
「じゃあコンクリートの方がいいじゃん」って思うかもしれない。
でも、コンクリートはコンクリートで別の問題がある。
アスファルト舗装は、
たわむことで衝撃を逃がす設計。
硬すぎないから、
振動が少なく、
補修もしやすい。
つまり、
わだちができるのは、
柔らかさを選んだ結果なんだよね。
人間関係と組織も、だいたい同じ
ここからは、完全にぼくの小市民的感想。
盤石に見える組織とか、
長年うまく回ってる人間関係って、
実はアスファルトと同じだと思ってる。
毎日同じ負荷。
同じ人に同じ役割。
同じ場所に同じストレス。
最初は大丈夫でも、
気づかないうちに歪みが溜まる。
ある日ふと、
「ここ、歩きにくくない?」ってなる。
それが、心のわだち。
メンテナンスされる前提で、世界はできている
道路は、
わだちができたら補修される。
それ前提で設計されてる。
人も同じで、
「歪まない前提」で生きるのは無理。
歪む。
流れる。
だから、直す。
まとめ:止まって見えるものほど、ゆっくり動いている
道路は動かない。
そう思ってた。
でも実際は、
めちゃくちゃ遅く、確実に動いてる。
それは、
人も、組織も、社会も同じ。
変わらないように見えるものほど、
中では、じわじわ形を変えてる。
次に、道路のわだちを見かけたら、
「ああ、ここも頑張ってきたんだな」って、
ちょっとだけ思い出してみてほしい。


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