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「へそくり」は“おへそ”じゃない。手仕事が生んだ、健気なお金の話

文化・歴史・自然

「へそくり」って聞くとさ、つい想像しちゃうじゃない?

腹巻の中に札束。あるいはタンスの裏に、謎の封筒。いや、分かる。分かるんだけど……。

語源として一番有力なのは、そこじゃない。 もっと地味で、もっと温度がある話なんだよ。

この記事では、こんなことが分かるように書く。

  • 「へそくり」の“へそ”って、結局なに?
  • なぜ「内緒のお金」になっていったの?
  • 「コソコソした悪いこと」っぽいイメージを、どう見直せる?

まず結論:「へそくり」の“へそ”は、糸の束だった

結論から言うね。

へそくりの語源で有力なのは、「綜麻(へそ)」を「繰る(くる)」こと。

この「綜麻(へそ)」ってのが、もう時点で現代人には馴染みゼロの単語なんだけど、ざっくり言うとこう。

  • 綜麻(へそ):麻糸(あさ糸)を、ぐるぐる巻いて束ねた“糸のかたまり”
  • 繰る(くる):糸を手繰る、巻き取る、ほどきながら取り出す、みたいな動き

つまり、「へそくり」は本来、糸巻きの内職で糸を繰って得たお金のことだった。

腹に隠すとかじゃなくて、手仕事で生まれた“努力の余剰”なんだよね。




「綜麻繰金(へそくりがね)」という、元のフルネームが渋い

「へそくり」は、もともと 「綜麻繰金(へそくりがね)」みたいに呼ばれていた、とされる。

長い。長いけど、良い。

なんかこう、パワーワードじゃない? “糸を繰って貯めた金”。

当時、家計を支えるために内職をして、少しずつ積み上がる“わずかな現金”。

それがいつしか短くなって、日常語としての「へそくり」になっていった……という流れ。


用語が難しすぎるので、いったん整理しよう

言葉読み意味(ざっくり)ここがポイント
綜麻へそ麻糸を巻いて束ねたもの(糸のかたまり)人間の臍(へそ)ではない
繰るくる糸を手繰る・巻き取る作業の動きそのもの
綜麻繰金へそくりがね綜麻を繰って得たお金「へそくり」の元祖っぽい呼び名
臍繰金へそくりがねこっそり貯めたお金“臍”の字は、人間のへそに引っ張られた当て字扱いの説明が多い

「綜麻」が先にあって、後から「臍(おへそ)」の字に寄っていった。

これ、言葉あるあるなんだよね。人は分かる漢字に寄せたがる。




じゃあ、なぜ「内職のお金」が「内緒のお金」になったのか

ここ、誤解されがちだから丁寧にいく。

もともとのニュアンスは「ズルい隠し金」っていうより、生活の中で自分が工夫して生み出した、ささやかな現金だったはず。

でも、現金ってのは便利すぎる。便利すぎるから、意味が増える。

  • 家計とは別枠で、少しずつ貯める
  • 人に知られないように保管する(知られると使われる可能性がある)
  • いざという時の“自分の裁量”として持っておく

このへんが合体して、だんだん「内緒の蓄え」という意味が前に出てきた。

つまり、へそくりの正体は――

「手仕事から生まれた、お金の自己決定権」なんじゃないかな、って思う。




「へそくり=悪」みたいな空気、ちょっと雑じゃない?

ここで、ぼくの小市民ツッコミが入ります。

へそくりって、言い方によっては「家族を裏切る秘密資金」みたいに聞こえることがある。

でも、語源を踏まえて見ると、むしろ逆の顔が見えてくる。

  • 家族のために、生活の隙間時間で働いた
  • 少しずつ積み上げた(ドカンと稼げない世界で)
  • いざという時の備えとして、守り切った

これ、派手さはゼロだけど、健気さの塊だよ。

“コソコソ”じゃなくて、“コツコツ”。






誤解ポイント:おへそ説もある。でも「有力」なのは別ルート

ここはちゃんと複数説を出すね。

「へそくり」の由来については、辞典・百科事典でも諸説として説明されることがある。

  • 綜麻(へそ)説(有力):糸の束=綜麻を繰って得たお金
  • 臍(おへそ)説:胴巻や腹巻に巻いて隠した → そこから「臍」の字が連想された

ただ、辞書系の説明では「綜麻(へそ)説」を“有力”とする書き方が多い印象。

そして「臍」の字は、人間のへそと混同して当てられた、みたいな説明もよく見かける。

要するに、こう。

「へそ」って音が同じだから、人間のへそに引っ張られただけ説。

人間、分かりやすい方に流れる生き物だからね……(ぼくもだよ)。






小さなストーリー:夜なべの「余り」が、未来を助ける

想像してみてほしい。

夜。家族が寝静まったあと。灯りは強くない。手元だけが明るい。

そこで糸を繰る。今日の分の作業を終えても、ほんの少しだけ、手を動かす。

その「ほんの少し」が積み上がって、いつか子どもの急な出費に当たったり、病気の時の薬代になったりする。

たぶん、へそくりって、そういう「未来の自分(と家族)」に手紙を送る行為だったんだと思う。

現金って、冷たい物体に見えるけど、そこに乗ってるのは時間と体力と知恵なんだよね。


現代版へそくり:ポイント、つり銭、サブ口座。全部“糸の余り”だ

現代だと「綜麻」なんて触らない。

でも、構造は同じことをやってる。

  • 買い物のポイントを貯める
  • おつり感覚で少額を積み立てる
  • サブ口座に自動でちょい分けする

これ、派手じゃないけど強い。

大金は気合が要るけど、小さな自動化は生活に溶け込むから続く。

「へそくり」って言葉は古いのに、考え方はめちゃくちゃ現役なんだよ。





注意点:へそくりが“毒”になるときもある

ここはリスクもちゃんと書く。

へそくりが本来の「備え」や「自律」じゃなくて、関係を壊す方向に行くこともある。

  • 家計の透明性が崩れて、疑心暗鬼になる
  • 「秘密=悪」と決めつけ合って、信頼が削れる
  • 目的がなく“隠すこと”が目的化すると、しんどい

だから、ぼくのおすすめは一つ。

へそくりを「裏切り」じゃなく「備え」として扱う。

言葉のルーツが「手仕事の結晶」なら、現代のへそくりも、なるべく“未来を助ける道具”であってほしい。





まとめ:「へそくり」は、コソコソじゃなくて、コツコツの文化だ

  • 「へそくり」の有力な語源は、綜麻(へそ)=糸の束繰る(くる)こと
  • 元は内職の手仕事から生まれたお金として説明されることが多い
  • “隠し金”のイメージだけで切り捨てると、言葉の温度を落とす
  • 現代でも、ポイントや少額積立は「へそくり構造」そのもの

へそくりって、ズルさの象徴じゃなくて、むしろ生活の中で小さく抗う知恵なんじゃないかな。

派手に勝てない世界で、地味に負けないための工夫。

そう思うと、ちょっとだけ、へそくりに優しくなれる。





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