テレビのリモコンって、ふと冷静になると怖いですよね。
押したことのないボタンが、堂々と鎮座してる。しかも複数。たまに色まで付いてる。何の集団なの。どこから来たの。
でもね。あのボタンの山、ただの設計ミスでも、メーカーの怠慢でもないんです。
むしろ逆。「誰一人取り残さない」をやり切ろうとして、結果としてリモコンが“優しさの寄せ集め”になった。
今日はその話を、家電テクノロジーの裏側から、できるだけ分かりやすく解剖していきます。
- リモコンは「家族全員が触るUI」だから、政治が起きる
- テレビは思ったより「やること」が多い。だからボタンも増える
- 物理ボタンは「触覚UI」。画面を見なくても使えるのが強すぎる
- ボタンの多さは「記憶を不要にする」ためでもある
- 日本のテレビは「放送文化」が濃い。リモコンも濃くなる
- 配信ボタンは「便利」でもあり「広告」でもある。ここがややこしい
- 「ボタンが多い=使いにくい」は半分正しい。じゃあどうすればいい?
- よくある誤解:「ボタン減らせば正義」…とは限らない
- 小話:シンプルリモコンを贈ったら、家族関係が一瞬で悪化した話
- 結論:あのカオスは「使いやすさの最大公約数」を取りにいった結果
- おまけ:仕事(プロダクト開発)にも刺さる「リモコン病」
リモコンは「家族全員が触るUI」だから、政治が起きる
最初に大前提。
リモコンって、スマホアプリみたいに「自分専用」じゃないんですよね。家のテーブルに置かれて、家族全員が触る。
ここで問題が起きます。
- 操作を覚えるのが得意な人(設定画面も平気)
- 覚えるのが苦手な人(手順が増えると迷子)
- 指先の感覚で押したい人(目を凝らすのがしんどい)
- とにかく「地上波の1」を押したい人(以上)
つまりリモコンは、多様性の最前線なんです。
スマホなら「慣れて」で済む話も、リモコンは済ませにくい。だって毎日使うし、使えないと困るし、家族の誰かが困ると、最終的に一番面倒を見る人が困る。
そう、あなたです。たぶん。
家電の不便って、だいたい“面倒を見る係”に集まります。小市民の宿命。
テレビは思ったより「やること」が多い。だからボタンも増える
「いや、テレビは映ればいいじゃん。チャンネル変えるだけじゃん」
昔は本当にそうでした。
でも今のテレビ、現場はわりと地獄です。機能が増えすぎた。
- 地上波
- BS
- CS
- 外付けレコーダー(録画一覧、早送り、チャプター…)
- HDMI入力(ゲーム機、Fire TV、PC、サウンドバー…)
- 番組表(EPG)
- データ放送(いわゆる「d」系のやつ)
- 配信アプリ(YouTube、Netflix、Prime Video…)
ここで設計者は二択を迫られます。
A:ボタンを減らして、メニュー階層で全部やらせる
B:ボタンを増やして、よく使う機能へ一発で行かせる
見た目はAが美しい。
でも、現実の使いやすさはBが強いことが多い。
なぜなら、メニュー階層って「覚える作業」が発生するから。
「設定」→「外部入力」→「HDMI」→「HDMI2」みたいに辿るのは、慣れてる人には簡単でも、慣れてない人には迷路なんです。
そしてテレビの迷路は、たいてい説明が雑。
リモコンのボタンは雑でも押せるけど、テレビの画面メニューは雑だと詰む。ここ、地味に差が出ます。
物理ボタンは「触覚UI」。画面を見なくても使えるのが強すぎる
ここが今日の核心です。
リモコンの物理ボタンって、古いから残ってるわけじゃなくて、強すぎるから残ってるんです。
画面UI(オンスクリーンメニュー)って、基本的に「見る」が前提ですよね。
でもリモコンは、視線を外さずに操作できます。暗い部屋でも、眠い夜でも、メガネ外した状態でも。
指先が場所を覚える。押した感触が返ってくる。押せたかどうかが分かる。
これ、地味だけど超重要です。
特に高齢者や視覚に負担がある人にとっては、画面操作はしんどい瞬間があります。
だからリモコンは、ボタンの形状や凸凹、押し心地(クリック感)みたいな「触覚の手がかり」を大事にします。
スマホのフラットな画面は美しいけど、触っても位置が分からない。
リモコンはダサいけど、触った瞬間に“地形”が分かる。
この「ダサいけど強い」って構図、なんか人生っぽいですね。派手さはないけど、生活を支えるタイプ。
ボタンの多さは「記憶を不要にする」ためでもある
ボタンが多いと、覚えられない。そう思いますよね。
でも逆なんです。
ボタンが多い設計は、覚えなくていいを狙ってることが多い。
例えば、録画一覧。
メニューで辿るなら、まず「ホーム」押して、十字キーで移動して、決定して…みたいな手順が必要。
これ、毎回やると地味に疲れます。
ところが「録画一覧」ボタンがあれば、押すだけ。
覚えるのは「録画一覧=ここ」だけで済む。
人間って、手順を覚えるより、一発のショートカットの方が得意なんですよね。
ショートカットキーがあるソフトが、結局強いのと同じです。
つまりボタンの多さは、操作の学習コスト(頭の負担)を下げるための、かなり原始的で強力な方法なんです。
日本のテレビは「放送文化」が濃い。リモコンも濃くなる
日本のテレビ、配信に押されてるとはいえ、放送の仕組みが独特に発達してきました。
番組表、データ放送、字幕、音声切替、連動企画…いろいろあります。
こういう機能って、「好きな人には必須」なんですよ。
でも「好きじゃない人には存在すら知られない」。
ここで設計者の心が折れます。
好きな人にとって必須の機能を、奥深いメニューに追いやるとクレームになる。
かといって全員に押し付けると「ボタン多すぎ」って言われる。
どっちに転んでも怒られる。
この世の多くの“家庭内インフラ”は、だいたいこの板挟みで太っていきます。
配信ボタンは「便利」でもあり「広告」でもある。ここがややこしい
最近のリモコン、配信サービスのロゴボタンが目立ちますよね。
Netflix、YouTube、Prime Video…などなど。
あれ、ユーザーにとっては便利です。一発で起動できる。
でも同時に、あれは“入口の権利”でもあります。
リモコンの中央付近って、いわば一等地です。
毎日目に入る。押されやすい。思い出されやすい。
だからそこには、ビジネスが発生します。
「このボタンを付けてほしい」「この場所に置きたい」みたいな話が動く。
ここで、リモコンはさらにカオスになります。
ユーザー体験だけでなく、提携や収益の都合も混ざるから。
ただ、誤解しないでほしいのは、メーカー側も別に悪役になりたいわけじゃないってことです。
テレビ本体って、昔より薄利です。機能は増えてコストは上がるのに、値段は下げろと言われる。
そこで「ボタンの一等地」が、現実的な資金源になってしまう。
優しさと現実が混ざると、デザインはだいたい歪みます。人間社会あるある。
「ボタンが多い=使いにくい」は半分正しい。じゃあどうすればいい?
ここまで「ボタンが多いのは理由がある」と言ってきました。
でもね。あなたの怒りも正しい。
だって実際、自分が使わないボタンが多いと邪魔なんですよ。押し間違えるし。ホコリも溜まるし。掃除のとき地味に腹立つし。
なので、現実的な対処も置いておきます。
| 対策 | 効果 | 弱点 | 小市民おすすめ度 |
|---|---|---|---|
| 使わないボタンをマスキング(テープなど) | 押し間違い激減。即効性が高い | 見た目はだいたい敗北する | 高い(効くのが正義) |
| テレビ側の「クイック設定」を整理 | メニューの迷子が減る | 設定に一回だけ気合いが必要 | 中(最初だけ頑張る) |
| 学習リモコン・統合リモコンを使う | 必要な機能だけ集約できる | 相性問題が起きることがある | 中〜高(成功すれば天国) |
| よく使う機能を「ホーム画面の先頭」に寄せる | 配信や入力切替が早くなる | メーカーUI次第で自由度が違う | 中(できる範囲で) |
個人的に一番コスパが高いのは、マスキングです。
ダサい? うん、ダサい。
でも小市民は、ダサさより平和を取るんです。押し間違いのストレスの方が高いから。
よくある誤解:「ボタン減らせば正義」…とは限らない
ボタンが少ないリモコン、憧れますよね。
机に置いたときの“ミニマル感”が強い。生活できてる人の匂いがする。
でも、ボタンが少ないと起きる問題があります。
- 一つの操作に必要な手順が増える(結果として遅い)
- 画面を見続ける必要がある(目が疲れる)
- 迷ったときの「戻り方」が分からない(詰む)
特に「戻る」「ホーム」「入力切替」みたいな基本動作が、メニュー奥に隠されると苦しい。
これは、スマホ操作が得意な人でも、テレビでは地味にストレスになります。
テレビって、そもそも「ダラッと見る」ための装置なんですよね。
全集中して操作するデバイスじゃない。
だからリモコンは、ダラッとした人間でも操作できるように、わざわざ物理ボタンで救済してる。
小話:シンプルリモコンを贈ったら、家族関係が一瞬で悪化した話
昔、こういうことがありました(という体で話します。個人情報のためのフィクションです)。
家電好きの若者が、実家の親に「最新のシンプルリモコン」をプレゼントしました。
ボタンは少ない。見た目はオシャレ。これで親も迷わないはず。
ところが親は、毎回こうなりました。
「入力どこ?」「番組表どこ?」「戻るってどれ?」
若者は言います。
「画面に出てるじゃん。そこから選べばいいじゃん」
親は言います。
「画面のどこを見ればいいか分からない」
ここで地獄が始まります。
最終的に、“分かる人”が毎回呼び出される。つまり、若者が呼ばれる。
小市民の面倒係の誕生です。
結局、親は古いボタンだらけのリモコンに戻りました。
そして若者は学びました。
「シンプルは、見た目じゃなくて、生活の摩擦が少ないことだ」と。
結論:あのカオスは「使いやすさの最大公約数」を取りにいった結果
テレビのリモコンのボタンが多い理由を、まとめます。
- 家族全員が使う“公共のUI”だから、幅広い層に合わせる必要がある
- テレビは放送・入力・録画・配信など、やることが増えすぎた
- 物理ボタンは触覚で操作できて、画面を見なくても使える
- ボタンは「覚える手順」を減らすショートカットとして強い
- 配信ボタンには便利さだけでなくビジネス事情も混ざる
つまり、あの見た目は「ダサさ」ではなく、妥協の集大成なんです。
断れなかった優しさ。増えすぎた現実。誰かが困るのを放置できなかった結果。
そう思うと、押したことのないボタンも、ちょっとだけ愛せる…かもしれません。
まあ、愛せない日はマスキングテープを貼りましょう。生活が勝ちです。
おまけ:仕事(プロダクト開発)にも刺さる「リモコン病」
最後に、仕事の話も少し。
リモコンって、SaaSや社内システムの縮図なんですよね。
要望を全部入れると、画面がボタンだらけになる。
削ると、「あの機能がない」と怒られる。
このとき大事なのは、見た目のシンプルさじゃなくて、目的達成までの手数です。
そして「誰が困るか」を想像すること。
リモコンは、それをやり切ろうとした結果、見た目を犠牲にした。
カッコよさより、暮らしの安定を取った。

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