「ダイヤモンド・プリンセス号のニュース、あんた覚えてる?」って聞かれたら、そりゃ覚えてる。というか、当時テレビの前で何回「何やってんだ!?」って言ったことか(^^; でもね…映画『フロントライン』を観たら、その“軽口”が全部、自分の浅はかさとして胸にブッ刺さるわけですよ。 いやほんと、あの裏でこんな壮絶なドラマがあっただなんて、知らなかったなんて言えないレベル。
そして。 小栗旬、松坂桃李、窪塚洋介、池松壮亮… あの人たち、普段からカッコいいのは分かってるんだけどさ? 役が乗るとさらに化けるのよ。あれ反則なんじゃない? 光石研さん演じる轟なんて、俺、劇場で心の中で3回くらい“しばいてやりたいリスト”に入れちゃったからね(^^; 隣に妻が座ってたから号泣は避けたけど、泣いた。泣いたよ。人間、ああいう姿を見せられたら泣く。
そんなわけで今回は「やっぱりキョウは小市民」らしく、ニュースの裏側に隠れていた“知らなかった”では済まされない人々の戦いについて、観て胸がぎゅっとなった瞬間を語っていくよ。
◆ なぜ観ようと思ったのか?キョウ、あの日を思い出してしまう
正直に白状すると、俺はあのときニュースだけ見て「対応遅いんじゃないの?」みたいな、何とも上から目線なツッコミをしていた一般人でした。完全に小市民の“安全な場所から文句だけ言うスタイル”。 でもさ、映画が始まって5分で悟る。「あ、これ俺、何も知らなかっただけだわ」と。
船の中に何があって、現場の医療者がどんな気持ちで、防護服を着て、未知のウイルスへ突っ込んでいったか。 そんなこと、ニュース映像では分からなかった。いや、分かるわけがなかった。
だからこそ、この映画は「あの瞬間、日本で何が起きていたのか」を現場の血の通った視点で描いてくれてる。 観てるこっちは、序盤からもう居心地悪い。だって、当時の自分の言葉が頭に浮かぶんだもん(^^;A
◆ 心を揺さぶられた瞬間:DMATの本気と“家族を置いて行く覚悟”
DMAT(災害派遣医療チーム)って、名前は知ってた。でもその実態や、どんな訓練してて、どういう時に呼ばれるのかって…正直、そこまで知らなかった。 地震や津波の被災地に行くチーム、くらいのイメージね。
でも映画では、新型ウイルスという「専門外」で「マニュアルのない」戦場に呼ばれるわけです。 いや、“呼ばれる”というより、“行くしかない”。 これがもう胸にずしんと重い。
俺だったら? 家族を置いて、妻や子どもが白い目で見られるリスクまで背負って行ける? …行けないかもしれない。 そう思った瞬間に、もう胸が痛くて痛くて。
小栗旬演じる結城指揮官の、あの静かな覚悟よ。叫ばない。威張らない。 なのに、あの背中だけで「俺たちがやるしかないんだよ」と言っている。 指揮官というより“背骨”。現場の全員を支える一本柱のような存在。これはもう惚れるしかない。
池松壮亮の目の奥の “恐怖と決意が同居してる顔” もたまらん。窪塚洋介は、まるで仙人のようにふらっと核心を突いてくる。 松坂桃李は、官僚のしんどさ…あれをあんなに丁寧に見せられたら、誰も「官僚=悪」なんて言えないよ。
◆ 特に刺さった“兄弟の特例”のシーン
中盤で登場する、隔離された外国人兄弟のエピソード。 弟は陽性で下船決定。でも兄は陰性。 ルールでは一緒に行けない。
兄は泣き叫ぶし、弟は怯えるし、現場はもう限界。 そりゃそうだよ。知らない国で言葉も通じず、家族と引き離されるなんて。
で、ここで松坂桃李よ。 電話で怒鳴られながら、「責任は私が取ります!」と言ったあの瞬間。 あれ、泣くでしょ。
官僚って冷たいイメージあったけど、彼は最後の最後まで人間だった。 その後に結城に向かってつぶやく一言がまた重い。 「僕はただ、判断を現場に押し付けただけかもしれない…」
そういう“自責”を背負って、それでも前に進む姿。 いや、もうね、松坂桃李、すごすぎる。
◆ 光石研さん演じる轟…キョウ、正直に言います
言わせて。 映画のために作られた役とはいえ、あの轟の対応、態度、現場軽視っぷり。 俺、観ながら心の中で3回ブチ切れた(^^;)
「お前は現場に来たことあるのかーー!!!」と。
でも、こういう存在が“組織の現実”としているんだろうなと思うと、それはそれで苦い。 彼を“悪役”にして終わらせるんじゃなく、そういう人物がどうして生まれるのか… そこも含めて考えさせられるのがこの映画の深さ。
◆ 演出・映像の凄み:船内の“息苦しさ”が伝わる
船の中の空気感がとにかくリアル。 狭い廊下、防護服のこもった息、曇るゴーグル。 叫びたいのに叫べないあの閉塞感が、観客にも伝わってくる。
しかも夜の横浜港のシーンね。 巨大な船が闇に浮かんで、サーチライトが切り裂いて、 あの光景、まるでSFみたいなのに“全部現実”なんだよね。
CGじゃなくてライティングで作ってるって聞いて、職人の技にまた感動。 こういう裏側を知ると、作品への信頼度が一気に跳ね上がる。
◆ ラストの“朝焼けの別れ”が名シーンすぎる
任務を終えて、一気に緊張が抜ける結城と立松。 まだ夜が明けきらない駐車場で、缶コーヒーを片手に並んで立つ二人。 あの沈黙の会話みたいな時間よ。
結城が言うんだよ。 「偉くなれよ。お前みたいなやつが上にいないと、現場が死ぬんだ」
これ、ズルすぎない? キョウの涙腺、即死なんですが。
立松が何も言わず、ただ深く礼をして歩き出す。 その背中を見送る結城。 “戦いはまだ続く”という予感。 しんみりなのに、すごい希望もある。 ああいう静かな名シーン、大好物。
◆ これは観るべき映画?キョウの答え:間違いなくYES!
パンデミックのとき、「誰かを責める空気」が社会にあった。 でも実際は、誰かが自分の家族を置き、偏見と闘いながら最前線に行ってくれていた。
映画としての完成度が高いのは当然として、 「人として何を大事にすべきか」を問われる作品でもあるんだよね。
観終わったあと妻の顔を見たら、なんか泣きそうになってしまった。 もし自分があの状況で「行く」と言ったら、俺の家族はどうなっただろう。 そんなことを考えてしまう。
でも同時に思う。 「この映画を観た今の俺なら、ニュースを見て軽口を叩くことはもうできない」と。
ただの感動作品じゃなく、“反省”と“感謝”を同時に呼び起こす映画。 これは本当に良作でした。
興味があれば、Amazon Primeで観られるし、 ちょっと心が疲れた日でも観てほしい。 きっと何かが変わるから。
◆ 劇中名シーン“風”の生成AIイラスト



◆ まとめ:キョウ、まだ余韻で泣きそう
『フロントライン』は、ただの“パンデミック映画”じゃない。 現場に行った人がどれだけ怖かったか、どれだけ悔しかったか、どれだけ責任を押しつけられていたか…。 そういう「人の物語」がぎゅっと詰まってる。
俺は観て良かった。 そして、あの日の自分をちょっと反省するきっかけにもなった。
気になる人は、ぜひ観てみてください。 きっと何かしら胸に残るはずだから。


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